プロデューサー集団・アゲハスプリングスの新しさとは何か? その「社外秘マニュアル」を読む

ガラクタ集団だから生み出せた付加価値

 アゲハスプリングスには「裏のプロデュース」業務もあって、それは「プロデューサーをプロデュースする」ことだ。原石として見つけ出したプロデューサーの卵を育て上げて、ブランディングを施して世に送り出すことで、たとえば蔦谷好位置(本書にインタビュー収録)や田中ユウスケがその最初の成果であるとされている。

「アゲハスプリングスがプロデューサー集団だと言う場合、表と裏のプロデューサーが共存していることを意味して」おり、そうして育った人材をプロジェクトごとに目的に合せて適宜チームを組織し取り組む体制を作り上げているという。

「プロデューサーをプロデュースする」というと人材ビジネスめいて聞こえるが、実際はもっと人間くさい話である。たとえば蔦谷好位置は元々CANNABISというバンドでデビューしたミュージシャンだったが、売れずに解散して、売り込みをかけても相手にされずにいたところを玉井に拾われたというのが参加の経緯である。

 玉井はアゲハスプリングスを「ガラクタの集団」と形容する。玉井自身、高校時代にバンドでデビューしたものの売れず、ソロで再デビューをしたがそれでも売れず、事務所とレコード会社から契約を切られ、伝手を頼ってレコード会社に就職し、A&Rのノウハウを身につけて独立したという、かなり特異な経歴の持ち主の「ガラクタ」なのだ。

「才能や能力はあるのに理解されること無く、あるいは活用される場面もないシビアな状況から逃げること無く、ひとつひとつ力を蓄えて誰にも恥じることの無いカタチで世に出ることができて、作品として自分をもプロデュースしながら、それぞれが競い合いながら共存している。そうして、ガラクタだけど確かな個を磨き上げることで大手メーカーとは別のフィールドで独自の新しい付加価値を生む」、アゲハスプリングスとはそんな組織なのだという。

 要するに適材適所ということで、これまた誰もが口にする当たり前のような話だ。だが、実現できている人は実はそうそういないという点で音楽の理念と同様であって、アゲハスプリングスというのはつまり“当たり前だが困難なこと”を粛々と成し遂げていっている組織であるということに尽きるのかもしれない。

 アゲハスプリングスのようなスタイルは、90年代にはたぶん成立しなかっただろう。CDの売上が落ちる一方で、ダウンロードやストリーミングなどメディアが多様化し、同時にYouTubeやニコニコ動画といったユーザー主体のメディアも登場してきて、大手のそれまでのビジネスに綻びがいくつも生じていた2000年代の半ばという時期だったからこそ、ニッチを捉えて軌道に乗せることができたのだろう。

 それはむろん玉井健二という人の才覚によるところが大きいのだが、同様の綻びは他の業界、たとえば僕のいる出版業界にも生じまくっている。玉井はこの本をこれから音楽を仕事にしようという人を想定して書いたということだが、他ジャンルにも応用できるヒントがありそうじゃないかとちょっとその気にさせる、地に足のついたサクセスストーリーである。

■栗原裕一郎
評論家。文芸、音楽、芸能、経済学あたりで文筆活動を行う。『〈盗作〉の文学史』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『石原慎太郎を読んでみた』(豊崎由美氏との共著)。Twitter

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