トレモロイド小林郁太の楽曲分析
ゲスの極み乙女。の音楽は、なぜ尖っているのに気持ちいい? 現役ミュージシャンが曲の構成を分析
最近注目を集めているゲスの極み乙女。の楽曲は、インディーズのロックバンドのような、J-POPのフォーマットに当てはまらないエキセントリックな面と、メジャーシーンで活躍できる聴きやすいキャッチーな面を同時に持っており、「尖っていて攻撃的だけれど気持ちよく聴ける」といった印象を受けます。今回はそれがどのような音楽的な特徴によって表現されているか、ということを分析したいと思います。
わかりやすい特徴を羅列していくと、まずサビは非常に聴きやすくキャッチーです。また、メンバーの個性や演奏技術などがよく話題になりますが、編成自体はドラム、ベース、鍵盤、ギター&ボーカルという4人ですから、サウンド的にはスタンダードでリスナーにとって今まで聞いたことがないような音ではないはずです。しかしそのスタンダードなサウンドで、聞きやすいのに聞いたことがないような音を出しているのが彼らのアレンジとアンサンブルの面白いところです。また、エキセントリックな部分、非J-POP的な特徴は何と言ってもその楽曲構成にあります。ポイントとしては、セクションごとの変化が激しい、セクション内での動きが少ない、という2点です。そして先ほど言ったように定番のパート編成からなる彼らのサウンドが、アンサンブルという点では独特で尖った特徴を持っています。それを具体的に見ていくには、キュレーションマガジン「Antenna」のCMソング『パラレルスペック』が良い例です。この曲はそれらの特徴を概ね全て持っています。
めまぐるしい展開とキャッチーなサビの関係
イントロでは、解放感のあるピアノフレーズから始まって一転、とらえどころのないフワフワしたピアノにベースがスラップしまくる展開で、そのままAメロのラップに入ります。それをもう一度繰り返した後、ロックなキメを挟み、サビで大団円、というような1コーラスになっています。聴き手としては、非常に目まぐるしい場面展開にグイグイ引っ張られるままに、流麗なサビで気持ちよく流されてしまう、といった感覚ではないでしょうか。
順番に見ていくと、歌のメロディがキャッチーであることは聴いての通りですが、面白いのは歌のメロディの譜割りです。「雨にま『で』流され『て』」というように、『』が小節の1拍目ですから、基本的にフレーズの最後の音が1拍目ということになります。このように小節の始まりより前にメロディが始まることをアウフタクトと言って、『魅力がすごいよ』と『みんなノーマル』という2枚のアルバムのうち、半分以上の曲でサビでそれが用いられており、川谷絵音さんの定番の作曲手法と言えます。ではそれがどういう効果を生んでいるのかというと、簡単に言えば「インパクト」です。小節の始まりより前からメロディが始まるということは、サビの歌い出しにおいてはボーカルだけ先にセクションチェンジしてサビに入って、後からサウンドがついてくる、ということになります。この曲のようにそれまでがラップスタイルだと、サビに先立って歌のメロディが流れることになり、ボーカルがメロディを持っていることの美しさと、「これからサビですよ」というセクションの変化が強調されます。これは後で書く楽曲構成の特徴と関係してきますが、メロディはコードに則して作られているので、当然その前のセクションのコードが違う場合はメロディとコードがちぐはぐになります。それを解決するには、そこだけコードをメロディに合わせるか、もっと単純に、コードを弾かないか、のどちらかです。『パラレルスペック』では、サビの前でバンド全体がブレイクします。それによって、よりセクションの変化が強調されています。
また、これも後ほど補足しますが、サビのコードはかなり王道のポップな進行が使われています。この曲の場合はChicagoの『Saturday In The Park』とほとんど同じで、王道中の王道です。サビできれいなコード進行を使うのは歌ものとして真っ当ですが、注目したいのはそれ以外のセクションのコード進行です。主だったセクションのコードは以下のようになっていて、サビ以外はすごくマニアックなコード進行をしています。
イントロ & A (キーはB)
| G#m7/C# | E/F# Eb/F D/E |
B (キーはBb)
| Gm7 | Gm7 | Eb/F | Eb/F |
| Gm7 | Gm7 | Eb/F | D/C |
C (キーはF)
| Gm7 | C7 | FM7 | Dm7 |
このような、サビでのメロディの特徴とコード進行のギャップに共通しているのは、単にサビがキャッチーできれいであるか、ということとは別に、曲の中でサビがサビであることを強調している、ということです。逆に言えば、サビがキャッチーで「すごくサビっぽい感じ」なのは、他のセクションとのギャップ、相対化によって生まれている、ということが言えます。
そこで、他のセクションとのギャップがサビをサビらしくしているという意味で、全体的にこの曲を見ていくと、その構成の特徴が見えてきます。まず、セクションごとの変化の激しさ、という点では、そもそもセクションが変わるたびに転調しており、メロディ的なつながりも含めて雰囲気に共通点の方が少ないくらいです。コードに関して注目していただきたいのはAメロとサビのコード進行の違いです。Aメロはジャズで使われる複雑な分数コードの進行です。それに対して、サビのコード進行は先ほど言ったように極めて王道のポップな進行です。不安定な進行が続いたからこそサビの王道進行で盛り上がる、という効果と、本来ひとつの曲の中で同居しそうにないような雰囲気の違うコード進行が並ぶことで、曲の展開が非常に独特でダイナミックになります。