トレモロイド小林郁太の楽曲分析
小室哲哉はJPOPのリズムをどう変えたか 現役ミュージシャンが「TKサウンド」を分析
実は引き算で作られている「TKサウンド」の本質
TKサウンドの重要な要素を最小限の音で体現している、という意味で、このコーナーにうってつけの曲があります。TM Networkの1987年のヒット曲『Self Control』です。
この曲は主に、「ドラム」「ベース」「シンセサイザー」「ボーカル」の4トラックでサウンドが構成されている、とてもシンプルな曲です(もちろん他にも、ストリングスやギターなどのトラックが入っています)。
この曲はとにかく軽快で、ビートが前に進む力が強いです。ざっと構造を書くと、ドラムはストレートな8ビートで、イントロや間奏などではキックの4つ打ちになります。ベースはコードの基音(ルート)から動かず、ひたすら8分音符を刻みます。シンセサイザーは複数入っていますが、サウンドの中核にあるのは、イントロから鳴り続けている印象的なテーマフレーズです。基本的にこの曲は、たったこれだけの要素で出来上がっているのです。
ここで、この構造を捉えるためのひとつのセオリーをご紹介します。それは「低い音ほどリズムに対する影響が大きい」というものです。
この曲でもっとも低い音はドラムのキック、次いでベースです。メインのトラックでは、だいぶ高くなってドラムのスネア、ボーカル、シンセサイザーという順番です。その他のトラックも含めて、低音と呼べる周波帯にあるのはキックとベースだけです。この曲の軽快なノリは、ドラムとベースというリズムに大きな影響を与える低音楽器が、両方ともごくシンプルでストレートな8ビートに徹していることによって作られているのです。
一方シンセサイザーのテーマフレーズは、はっきりとしたリズム的なフックを繰り返し提示しています。リズム的には「よっこいしょ感」を生みやすい重めのフックですが、なにぶん高音ですし、低音楽器で作るストレートなリズムのほうがはるかに影響が強いので、曲のスピード感には影響しません。
このように高音と低音ではっきりと役割が分かれたアレンジが、意識的かどうかはともかくはっきりと意図的に、そして非常に慎重にアレンジされていることは、イントロからのドラムパターンの遷移を聴けばわかります。
イントロ:キックの4つ打ち
Aメロ:4拍目にスネア追加
Aメロ2周目:キックの4つ打ちをやめ、普通の8ビートパターンに
となっています。ここにはそれぞれ、
イントロ:テーマフレーズのフックを重く聴かせないための最小要素としてキックのみ
Aメロ:1小節ごとのリズム的な解決を提示する最小要素として4拍目のスネア
Aメロ2周目:本来のビートの提示
という意味があります。
このような慎重なパターン進行からも、この曲のシンプルなリズムが「ただ疾走感があればいい」ということでぼんやりと作ったビートではなく、ストレートな8ビートの中でも、そのセクションで「何を聴かせたいのか」ということを意識して巧みにスピード感をコントロールしていることがわかります。また、ベースはときどき16分音符を混ぜることで、はっきりと分かれた高音と低音のリズムを、こっそりとつないでいます。
TKサウンドというと、ついつい派手なものを想像してしまいます。しかし『Self Control』からわかることは、小室さんが、論理的に配置した最少のトラックと最小のシーケンスで、曲が伝えたいリズムイメージを最大化する技術に非常に長けている、ということです。安易に音を増やさず、その曲が伝えたいことを最小限の音数で作る、という意味で、作曲やアレンジなどではよく「引き算が大事」と言われます。『Self Control』のグルーブはまさに、引き算によって作られています。