>  >  > 巨星スワンズの歩みを振り返る

小野島大の「この洋楽を聴け!」第12回:スワンズ

アメリカン・アンダーグラウンド・ロックの巨星、スワンズの歩みを振り返る

関連タグ
POP
ROCK
オルタナディヴ
来日
洋楽
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 すっかりご無沙汰しておりました。今回は来年1月27、28日に来日公演を控えているアメリカン・アンダーグラウンド・ロックの巨星スワンズをご紹介しましょう。来年(2015年)で結成33年を迎える大ベテランですが、最新作『トゥー・ビー・カインド』が、米サイト・ピッチフォーク選出の2014年年間ベスト・アルバムに、若手に互して第6位に選ばれるなど(http://pitchfork.com/features/staff-lists/9558-the-50-best-albums-of-2014/)、その鋭い現役感覚は依然衰えを見せぬばかりか、ますます研ぎ澄まされています。2年前の来日公演の壮絶としか言いようがないパフォーマンスはいまだ記憶に新しいところですが、より大きな会場でのスケールアップしたライヴが期待できそうです。

 スワンズのリーダー、マイケル・ジラ(vo,g)は1954年2月、LAに生まれています。少年期に父親に連れられてヨーロッパを放浪し、イスラエルではドラッグの密売で投獄された経験があるということです。

 LAに戻ったジラはアート系の大学に進学し画家を目指しますが、古くさい因習や権威主義に凝り固まったアートの世界に嫌気が差し、やがて音楽に興味を持つようになります。77~78年ごろにはLAでアート/パンク系のミニコミの編集に携わるようになったジラはパンクに触発され、自分でもリトル・クリップルズ(Little Cripples)というバンドを組みますが、その音楽活動が本格化したのは1979年にニューヨークに移住してからでした。

 パティ・スミスやテレヴィジョンといったニューヨーク・パンク第一世代がことごとくメジャー進出したニューヨークのアンダーグラウンド・シーンに、コントーションズやティーネイジ・ジーザス&ジャークス(リディア・ランチ)、DNA(アート・リンゼイ)といた新世代のバンドがあらわれ、それがNEW YORK NO WAVEという動きとなって注目されるようになったのはブライアン・イーノのプロデュースしたコンピレーション・アルバム『NO NEW YORK』(1978年)でした。1979年といえば、それらのバンドの単独アルバムがZEなどから矢継ぎ早にリリースされ、大きな動きとなっていたころです。ジラがこれらに触発されたのは間違いないでしょう。

James Chance and The Contortions - I Can't Stand Myself

Teenage Jesus & the Jerks with Thurston Moore- Orphans (2008)

DNA at Savoy Tivoli 9-1-1980

 やがてジラはサーカス・モルト(Circus Mort)という5人編成のバンドを結成、81年にラボールというレーベルから1枚のシングルを発表します。

Circus Mort live at Hurrahn (1981)

 後年のスワンズとは似ても似つかない、どちらかといえばヨーロッパのニュー・ウエイヴをうかがわせる耽美的なサウンドは(レコード発売後初のライヴはバウハウスの前座だったそうです)、やはりジラにとってフラストレーションがたまるものでしかなかったのでしょう。早々にサーカス・モルトを脱退したジラは翌82年にスワンズを結成し、同じラボールからファーストEP『Swans』を発表します。同じ年には、NYアンダーグラウンドの両雄として、その後長いこと競い合うことになるソニック・ユースもEP『Sonic Youth』をリリースしています。

表示切替:スマートフォン版 | パソコン版