乙女ゲームにおける“ジェンダー規範”(後編) 日本の乙女ゲーマー&メーカーは、いかにして「それ」を転覆させたのか

乙女ゲームにおける“ジェンダー規範”(後編)

いま、日本からの発信が求められている

 そろそろまとめに入ろう。これまでみてきたように、レディコミやBLにおいてジェンダー論やフェミニズム研究からの批判に再反論するかたちでの研究がすすむ一方、国内の乙女ゲームについての研究はマーケティングやゲーマー層の分析がメインとなっている(※12)。もちろんそれらは基礎研究として重要だが、近年の批判的な文脈をふまえてそれに応答する試みは管見のかぎりみられない(オンラインでは情報がないだけで各大学の図書館に眠っている可能性はある)(※13)。

 今回筆者が海外で展開されている議論を紹介し、それに対する反駁を試みたのはこうした事情による。そしてお気づきのとおり、これらの議論の中心にいるのは20代の学生や若手研究者である。つまり日本の学生や(年齢というよりは経験的な意味での)若手研究者にも、自身の経験を世界に届けるチャンスがおおいにあるのだ。これは乙女ゲーム研究の大きな魅力の一つではないだろうか。

 ただしアカデミックな議論の場では、感情的な反論や個人的な感想はほとんど意味をもたない。個人の感情や感想は尊重されるべきものであっても、否定したり間違いを指摘したりはできないからだ。

 ようは反論するにも作法があり、ここでしたように問題の枠組み自体を問い直すことや説得力をもたせるためには、既存の学問領域との関係も重要である。「マゾヒズム」という人文学の用語による説明も、大陸哲学や表象文化論のように、こうした概念に親しみがあるコミュニティの議論と接続するためにほかならない。もちろんこれは方法の一つであり、心理学のように数値化したり、分析美学のように要素の一つひとつを分解し、具体的な事例に則して厳密に説明したりするやり方もある。

 どのようなアプローチをするにしろ、論点の多様化にはまず論者自体の増加と学際化が必要だ。本稿でも、たとえば美少女ゲームやBLゲームとの比較など、あつかえなかった論点は多々ある。しかし一つの論考ですべての論点を網羅することは不可能であり、一人の論者が多様な議論に無限につきあい続けることもできない。それらは多数の論者がいてはじめて可能になるのだ。

 本稿は、乙女ゲームをめぐる近年の議論の一部とそれに対する筆者なりのアプローチの仕方を紹介することで、この分野に関心をもつ学生やゲーマーの方へ多様な研究の一側面をお見せすることを目指してきた。不安定な足場ではあるが、今まで見えなかった景色を見るのに役立てていただければ、筆者としてはありがたいかぎりだ。

(メイン画像=Unsplashより)

〈注釈〉

(1)秦美香子「女性向けマンガ作品に描かれる三者での性的結びつき」『女性学年報』26、2005、75.

(2)同書、60. ここでの脱構築とは、男女二者間の関係に対して、それ以外のパターンの検討によって別の選択肢を用意することをさす。

(3)以下で展開する筆者の主張は、過去に筆者がおこなった報告(Mukae, Shunsuke. "Enjoy Your Sex!: How Do Manga/Anime Based Media Facilitate Women's Sexual Desire?" Mechademia Asian Conference, Kyoto, May 2018)をベースにしている。

(4)ジル・ドゥルーズ『ザッヘル=マゾッホ紹介 冷淡なものと残酷なもの』堀千晶訳、河出書房新社、2018.

(5)フロイト的サド=マゾヒズムもドゥルーズ的マゾヒズムも実際はもっと複雑であり、また両者ともに男性のマゾヒストを念頭においている。本稿の目的から外れるためここではあつかわないが、前者の問題点や女性のマゾヒズムについては、日合あかね「女性の性的自立におけるマゾヒズム的行為体の可能性」『フォーラム現代社会学』4、2005、96-107. が詳しい。

(6)『ファミ通ゲーム白書2014』KADOKAWA、2014、131.

(7)ルビー・パーティー監修『アンジェリークSpecial Sweet Guide』光栄、1996、102,

(8)Richardsの会社と作品は前回の脚注15を参照。同人ゲームについてはhttps://itch.io/search?q=otomeなどの配布サイトで入手可能。

(9)『アンジェリーク』や『遙かなる時空の中で3』(コーエー/2004年発売)のような「ネオロマンス」シリーズについては、前回引用したKim (2009)も同様の趣旨を述べているが、本稿では人文学的な見地から、こうした議論が起こる背景も含めたより普遍的な説明を試みた。

(10)守如子『女はポルノを読む 女性の性欲とフェミニズム』青弓社、2010.

(11)同書、239.

(12)前回の注10を参照。

(13)それ以前には Hasegawa, Kazumi. "Falling in Love with History: Japanese Girls’ Otome Sexuality and Queering Historical imagination."Playing with the Past: Digital Games and the Simulation of History. 2013,135-149. が『薄桜鬼』シリーズを中心に乙女ゲームの脱異性愛規範を論じている。先にあげたKimとならんで、こちらも議論の立て方の参考になるだろう。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる