テクノロジー×アートの現在地を体感してーー『マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート』内覧レポート

森美術館『マシン・ラブ』展レポート

 美術展『マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート(以下、『マシン・ラブ』展)』が、2月13日から6月8日まで、六本木・森美術館にて開催されている。

 『マシン・ラブ』展はAIや3DCG、ゲームエンジン、半導体など、最新のテクノロジーを使用、あるいは関連するトピックをテーマにした作品を中心に構成されたメディア・アート展示だ。森美術館としては初となる、マシン=テクノロジー×アートにフォーカスした作品展で、同美術館館長の片岡真実氏は記者発表会で「生成AIやゲームの普及が、現代アートにどのように影響し、可能性を開くのかが見たかった」と語った。

 本記事では展示作品の下地となった技術や出来事にフォーカスしながら『マシン・ラブ』展について、何人かの作家をピックアップして紹介していきたい。

そもそもメディア・アートとは

 本展にはいわゆる「メディア・アート」に分類、評価される作品が多く展示されている。まずは前段として、メディア・アートというジャンルについて軽く解説しておこう。

 メディア・アートとは、時代ごとの最新のデジタルテクノロジーを用いたり、インタラクティブ性を特徴として持つアートジャンルだ。1960年代から80年代にかけてのコンピューターの発達と普及によって花開き、ゲームの爆発的な人気や、生成AIの普及によって昨今注目を集めている。

 日本では、東京都渋谷区にあるNTTインターコミュニケーション・センター [ICC](1997年開館)や、山口県山口市にある山口情報芸術センター(YCAM)(2003年開館)が、メディア・アートの展示や、教育の場としてたびたび活用されてきた。またオーストリア・リンツの教育文化機関「アルス・エレクトロニカ」が開催する『サイバーアーツ・フェスティバル』は、世界的なメディア・アートの祭典として知られ、毎年世界中から多くの人々が訪れる。

 メディア・アートは、絵画や彫刻といった従来のアートジャンルと比べて「定義が分かりづらい」と言われることも多い。時代ごとに「最新の技術」は移ろううえに、紙も木もキャンバスも石も、表現に用いるあらゆるものが「媒体=メディア」と言えるからだ。そのため、「メディア・アートとは何か」を理解するうえで、どうしてもとっつきづらくなってしまうきらいがある。

 一方で、『マシン・ラブ』展のアドバイザーも務めるICC主任学芸員・畠中実氏は、メディア・アートを「変わっていく技術に対して敏感に働きかける感性」と定義している。この視点から見れば、「メディア・アート」の本質を捉えやすいかもしれない。ここからは、実際に『マシン・ラブ』展に展示されている作品群の一部を紹介していこう。

NFTスターとなったBeeple初のフィジカル作品

 展示の冒頭を飾るのは、デジタルアーティスト・Beepleによる《ヒューマン・ワン》(2021)。Beepleといえば、2021年にNFT作品《Everydays - The First 5000 Days》が、著名なオークションハウス・クリスティーズのオンラインセールにて約6935万ドル(約75億円)で落札されたことでも知られる作家である。NFTアートバブルの火付け役となり、日本でもその名を広く知られることになったアーティストだ。

 《ヒューマン・ワン》は、4面が16Kの高解像度ディスプレイで構成された2m20cmの箱形の作品。筐体が回転し、その中をメタバースで生まれた最初の人間が歩き続ける、“ビデオ彫刻”作品だ。

 従来の彫刻作品と異なる点として、背景や歩く人間の姿など、作品に映し出された映像は刻一刻と変化し続けることが挙げられる。本作はBeepleが「生涯をかけてアップデートし続ける」と宣言しており、筐体の中の人間はBeepleの人生と共に「物語」の世界を歩き続ける。

 また本作品はBeepleにとって初めての物理的な作品でもある。《ヒューマン・ワン》の制作背景について、BeepleはNFT作品の売却で資金の余裕が生まれたことで誕生した作品」だと語っている。またNFTによってBeepleのものづくりへの向き合い方自体も大きく変わったと、クリスティーズのインタビューで語っている。《ヒューマン・ワン》は2021年にNFTアートとして、クリスティーズにて2900万ドル(約33億円)で落札されている。

(参考:クリスティーズに公開されたインタビュー

ゲームエンジンとアセットを駆使する日本人アーティスト

 続く《アウトレット》を制作したのは、佐藤瞭太郎。東京藝術大学大学院在学中からゲームエンジンを使った映像制作を行ってきたアーティストだ。佐藤氏は主に、ゲーム内のキャラクターやオブジェクトとして使用されるアセットを用いて作品作りを行っている。

 「アセット(Assets)」は、ゲーム開発現場においては作品を構成する要素・完成素材を意味する。スタジオがオリジナルのアセットを制作することもあれば、世界中のクリエイターによって製作・販売・配布されているものもあり、後者はユーザーが自身のゲーム制作に取り込んで使用できる。

 また『Unity』や『Unreal Engine』に代表されるゲームエンジンは、本来ゲーム制作を目的に開発された統合型の3D制作ソフトウェアだが、現在では建築、自動車設計、都市開発など様々な分野で応用されている。身近なところでいえば、アーティストのMV制作現場や映像制作スタジオなどでも活用されている。

 佐藤氏が展示する《アウトレット》は、アセットの兵士や少女、動物、クリーチャーが都市空間に放たれていく様を描いた映像作品となっている。特にゲームに馴染みのある人であればどこか既視感を覚えるような質感、動きを持ったキャラクターたちが、不条理な世界観を構築していく様は、今様に言えば「カオス」そのもの。

 また同時に展示されている《ダミーライフ》シリーズは、生き生きと過ごすアセットたちの姿を、写真に捉えたかのような静止画作品。一見オンラインゲームのスクリーンショットのようにも見えるが、工夫されたライティングや構図によって現実の写真にも見え、不思議な印象を受ける。この作品は写真に映る人物をアセットに置き換えて制作されており、現実空間と仮想空間を越境したことで生まれた独特なバランス感を楽しめる。

 1999年生まれの佐藤氏は、自身の作風についてポストインターネット以降のサンプリングや、MAD動画の文化に影響を受けていると話す。佐藤氏と近い年代でインターネットカルチャーに親しんできた観客こそ、共有できる感覚があるのではないだろうか。

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