2024年、なぜ「SV重音テト」曲のヒットが多発したのか サツキ×大漠波新×吉田夜世が語る“激動のボカロシーン”

大規模サイバー攻撃によるニコニコ動画の休止・復活、誕生15年を経ての重音テト大躍進、複数のYouTube1億回再生曲の誕生。VOCALOIDシーンの2024年は、振り返ればまさに“激動”と呼んで差し支えない年でもあった。様々なトピックスが入り乱れる中、それでも昨年カルチャーの枠を飛び越え、大勢の支持を得た特大ヒット曲が次々登場したことは言うまでもない。
なかでもその筆頭は、投稿約半年でYouTube1億回再生というカルチャー史上初の記録を打ち立てたサツキ「メズマライザー」、2024年度Billboard JAPANニコニコ VOCALOID SONGSチャートで首位に輝いた吉田夜世「オーバーライド」。そして新時代のVOCALOID讃歌として複数曲がビッグヒットを樹立した、大漠波新「VOCALOID STAR」シリーズだ。
これらの曲に関しては、特にSynthesizer V AI(以下SV)重音テトの人気牽引にも大きな貢献を果たしたと言っていいだろう。そこで今回は、2月21日(金)〜24日(月・祝)にかけて、約1年ぶりの開催となる『The VOCALOID Collection(ボカコレ)~2025 Winter~』目前のタイミングで、2024年のシーントレンドを席巻した上記のボカロP3名による鼎談を実施した。
SV重音テトによる昨年の躍進のみならず、同じ出身地という共通点で以前から親交もある3人。聞けば揃って全員が、次回の『ボカコレ2025冬』に大きな期待を寄せているという。その真意や昨年を振り返ってのシーン総括、そして改めて語る互いへの思いや印象など。終始打ち解けた雰囲気で展開された、“道民トリオ”の屈託ないやりとりにもぜひ注目して欲しい。
「メズマライザー」はサツキの“エゴ曲”、人気爆発して本当に嬉しい(大漠)
──今回の鼎談は、全員北海道出身という“裏”共通点もありまして。元々みなさん直接面識もあるんですよね。
サツキ:発端でいくと、僕と吉田夜世が2021年秋のボカコレをきっかけにSNS上で繋がって、何かの折に二人とも北海道出身・在住だと判明して。DMで「いつかご飯行きましょう」みたいなやりとりののち、同じく同郷のA4。(Tadano Kaede)も交えて「2022年秋のボカコレ終わったら飲みに行きましょうよ」的な話になったんですよ。その時にA4。から「うちの所属サークル(GaL)にももう一人北海道出身がいる」って紹介されたのが大漠だったんです。
でも結局、A4。はその会に来れなくて(笑)。その時は吉田夜世がボカ学(私立ボカロP学園初等部)から音無あふを連れてきて、2022年末にやった忘年会が3人の初対面でしたね。
吉田夜世:ススキノの居酒屋でね(笑)。たまたま全員札幌だったんですけど、1人だけ札幌じゃなかったA4。は残念ながら参加できず、という。
──その後は2023年から続く道民コンピシリーズですとか、昨年夏頃には3人のお食事風景もSNSで拝見した記憶があります。
大漠波新:あれ、すごい話題になってましたね。ただご飯行っただけなんですけどね……(笑)。
吉田夜世:YouTubeショートでもまとめられちゃって……(笑)。
🧢🎪🫛 pic.twitter.com/qGYZExyqgt
— 大漠波新 (@Daibakuhasin) June 13, 2024
──今を時めく人気ボカロPの集いでしたから。
サツキ:僕たちとしてはお互いの認識も出会った時のままなので……(笑)。
大漠波新:変なカンジでしたよ(笑)。周囲の環境が変わっても、直接関わる人間は全然昔と変わらないし。でも変わらず接してくれる人ばかりでありがたいです、ほんと。
──そんな激動の2024年に、それぞれがお互いの活躍をどう見ていたか、という話も聞きたくて。そしたらまず大漠さんの活躍について、サツキさんと吉田さんに伺いましょうか。
吉田夜世:この3人で最初にヒットを出したのが大漠だったんですよ。2023年の「あいのうた」からすでにYouTubeショートなどで拡散され始めてて、僕とサツキはそれをうらやましい目で見てました。当時も一緒に飲んだりしてたんですけど、身近でそんな現象を目にして、同時にすごく刺激も受けたりして。
サツキ:やっぱり「あいのうた」がボカコレで評価されて、大漠の「VOCALOID STAR」シリーズの方向性でやっていくという活動方針も本人の中で固まっていったのかなというか。ヒットしたシリーズの第二弾って尻すぼみする時もありますけど、彼はそこでいろんな対策もしてて。「のだ」で新要素にずんだもんを加えつつ前作の要素もきちんと踏襲したり、「無色透名祭Ⅱ」に合わせての投稿、イベント直後すぐのMV公開、とか。元々イベント時から勢いのある曲でしたけど、結果まさかここまでになるとは。すごいじゃん!って思いましたね。
大漠:普段から一緒によく話すけど、こういう話を聞くのは初めてですね(笑)。努力の面を見てくれてたのはすごく嬉しい一方で、自分としては単純に“楽しい”からやってた部分も結構大きいな、という。自分自身が刺激を求めてやってた所もありましたね、当時は。
──続いては吉田さんの活躍について、まずそのまま大漠さんに伺っていいですか。
大漠:吉田って、昔はもっと音数少なめでミニマルな曲を作る印象だったんですよ。けど「オーバーライド」に至るまでに、重めのダンスミュージックやロックサウンドとか、いろいろ試行錯誤してる面も感じてて。その結果「オーバーライド」で、吉田の元々の良さもありつつ進化してる所は当時すごく感じていました。歌詞もオケも、吉田にしか書けない“らしさ”があったし、彼の歴史も進化も感じる曲で。それがここまで広がったのは近くで見ていて嬉しかったです。
サツキ:「オーバーライド」が火を付けたミーム動画的な流れって、改めて考えると少し前の時期から始まってて。メドミアさんの「ヘラヘラリ」やjon-YAKITORYさんの「混沌ブギ」で裾野が広がったあと、満を持してって感じだったと思うんです。その中で重音テトっていう変化球や、ネットミームのキャッチーさを盛り込んだ点が「オーバーライド」の新しさで。
夜世がどこかのインタビューで言ってたけど、歌詞の暗さを「歌詞にスパイス的要素として入っているネットミーム」でうまく中和している所も秀逸だし、過去作を見ても、元々彼はアイデアマンだなという印象があったので、それが遺憾なく発揮された曲だと感じてましたね。結果じわじわ作品が伸びて「やっぱりな」という気持ちでしたし。
──お二人の応援がよく伝わりますし、サツキさんはインタビューまでしっかりチェック済とのことで。吉田さん、いかがでしょう?
吉田夜世:これほどまでに分析してもらった話を二人から聞くのは自分も初めてで……でも、やっぱり嬉しいですね。昔の活動を含めて、こういう今の状況を見てもらえるのは。この3人だと本当に、お互いがお互いの活動に刺激を与えあってる感じはありますね。
サツキ:3人での交流頻度が表立ってすごく高いわけじゃないけど、境遇が近い所もあって、心の中でちょっと特別な存在として見てる部分はある気がしますね、それぞれ。
──そして最後にサツキさんの躍進について、お二人はどんな気持ちでしたか?
大漠波新:それこそ「メズマライザー」を投稿した頃のサツキを、実はめちゃくちゃ身近で見てて。投稿1週間前にもたしか2人で飲みに行ったんですよ。
サツキ:動画担当のchannel先生が、投稿する少し前に「ラビットホール(DECO*27)」のイラストでめちゃくちゃバズったじゃないですか。そのプレッシャーで「どうしよう……」って(笑)。
大漠波新:俺は「絶対大丈夫だよ」って言ったんですけどね(笑)。で、曲の投稿が『ニコニコ超会議2024』の1日目夜だったんですけど、超会議のブースでもサツキとはずっと一緒で、終わった後もご飯行ってて。投稿の瞬間も隣にいたんですよ。
サツキ:GaLのみなさんに見守ってもらってました(笑)。
大漠波新:おそらく当時のサツキには焦りもあったと思うんです。あの曲のブレイクは確かにchannel先生のアートワークの力も大きかったけど、改めて聴くとサウンドも最後までサツキ節なんですよ。さっきの吉田の話にもありましたが、ボカロはやっぱりそういう“らしさ”のある曲が良いな、と。吉田の場合は試行錯誤を経ての進化でしたけど、サツキはずっとサツキで。個人的にはそのまんま彼の音がメズマライザーで大勢に受け入れられたと思っていて、それって結構すごいな。
──いい意味で「エゴを突き通す」と言いますか。
大漠波新:そう、あれはめっちゃサツキのエゴ曲なんです。自分も元々、「このボカロPといえばこれ」みたいな部分が見えるエゴ曲が好きなので、そういう意味でも曲の人気が爆発したのは嬉しかったですね。
吉田夜世:僕は「メズマライザー」投稿時はすでに上京していたので、大漠よりは少し距離のある所から見ていました。投稿されてすぐの動画を見て「この曲は2024年を変えるかもしれない」という直感は確かにありました。とんでもない初速だったし、翌日の超会議2日目にサツキと大漠とで僕のブースに集まって「これ特大バズいったな」「1000万再生いくやろ」って話してて。結果、1000万回どころか1億回再生を超えて、予想はいい意味で外れたんですけど(笑)。「のだ」も「メズマライザー」も初速が強くて、「オーバーライド」だけ投稿後に時間差で伸びたので、ある意味そこで自分の課題が見えた面もありましたね。
さっき大漠が言ったサツキ“らしい”曲ってのも、本当にその通りだと思います。ただ、細部でサツキが試行錯誤してる部分も個人的には見て取れて。直近までやや前衛的なテイストだったのが、「メズマライザー」であくまでサツキのまま一気にポップの方向性に引き戻したというか。そのポップさでバズりにバズったchannel先生とあの動画を作ったのは、ある種計算されてるというか、並々ならぬ気合いも感じましたね。ここ最近、僕は“理想のポップス”をずっと考えてるんですけど、サツキが理想のポップスを作ったら「メズマライザー」になったんだな、って。
──元々channelさんもポップな絵柄が大きな魅力の方ですし、いわばお二人のポップ性の融合が、あのメガヒットに繋がった面もあるでしょうね。
サツキ:さっき夜世が「大漠に先を行かれて焦った」って話をしてましたけど、僕も同じ頃「うあ~~~~~」って時期があって。自分は2023年夏の「プロセカNEXT」で曲が公募採用されたんですが、なかなか他に芽が出ない中で、当時それが唯一正気を保つアイデンティティだったんです。
でも大漠も「あいのうた」がヒットしてプロセカに入ったし、夜世も「オーバーライド」の後に別の曲がプロセカに採用されるし、そんな二人の状況にただただ焦りが加速して。「メズマライザー」制作の頃はバズのこととか全然考えられなくて、ひたすら焦りで曲を作ってました。だから自分としては、あの曲がここまで跳ねたのも実はちょっと意外で。でも自分が二人を見ていたように、二人も自分を見てたんだなっていうのは、「なるほどね」って感じでした。
吉田夜世:当時、シンプルなお悩み相談会的なこともしてて(笑)。だから「メズマライザー」が跳ねて純粋に嬉しかったです。サツキが抱えてた悩みもこれで消えるな、と。
サツキ:僕は計算でヒットを狙う事は本当にできないし、眼前のことしか考えられない男なので、逆にそれが出来る夜世や、シリーズモノという、作品を長い目で見ながら作っていく大漠みたいな人はめっちゃすごいと思います。ほんと気合いだけで乗り切った感がありましたね、今思えば。