横浜流星「俺のたった一人の女房」の破壊力 『べらぼう』蔦重を支える“三人の女”の思い

この親にして、この子あり。こんなにもしっかりと遺伝子が受け継がれていたとはと驚かされた展開だ。これまでどんなにいがみ合った相手でも、最終的には味方にしてきた蔦重(横浜流星)。「天性の人たらし」と言われる素質は、母・つよ(高岡早紀)譲りのものだった。
NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第26回「三人の女」。そのサブタイトルにある一人目の女は間違いなく、つよのことだろう。日本橋に進出し、大店の旦那となった蔦重。米の価格高騰に頭を悩ませながらも、客たちに食事を振る舞っていたところにつよが紛れ込んでいるのを見つける。

7歳の時に離縁し、蔦重を捨てて出ていったつよ。これまで下野の国(栃木県)で髪結いの仕事をしていたようだが、浅間山の噴火をきっかけに起きた米の不作で生活が苦しくなり、蔦重を頼って江戸にやって来たようだ。招かれざる客でありながら、食事の場に違和感なく入り込んだ様子からも、人の懐に入るのが相当上手いのだとわかった。
さらに、蔦重の人がなかなか思いつかないようなアイデアでフットワーク軽く動き出す才覚も、つよ由来のものだった。次々と客をつかまえてきては、耕書堂の奥で髪を結い直している間に錦絵や黄表紙を売り込んでいく。長旅の商人は髪が乱れているのが常。そして旅の土産に、と考えれば財布の紐もゆるくなるというところまで見込んだ、さすがの目の付けどころだ。

そんなつよの狙いを蔦重も「なるへそ」とすぐに理解して、そのアイデアに乗る形で次々と本を紹介していく。錦絵の『青楼名君自筆集』を描いた北尾政演がお気に召したのなら、戯作者として書いた『御存知商売物』もぜひ。『御存知商売物』が面白そうだと思ったのであれば、同じ“異類もの”といえる恋川春町の『辞闘戦新根』も……といった具合に、作者やジャンルつながりで流暢にオススメする。商売の腕として見事なのはもちろんなのだが、本たちがどのように生まれたのか。それを熱く語る姿は我々が見つめてきたこれまでの歩みを振り返る瞬間にもなっていて、実に感慨深いものがあった。
その熱のこもった言葉に、本好きのてい(橋本愛)の蔦重を見る目にも変化が。二人目の女とは、やはりていのことだろう。蔦重とはあくまで本屋を続けていくという目的に向かった商売上の夫婦のはずだった。しかし、どんな逆境にも屈することなく、むしろ逆手にとって生き生きと本作りに励む蔦重を魅力的に感じていくのは抗いようのない自然な流れ。その一方で、そんな蔦重の横にいる自分の平凡さを突きつけられる。

華やかな人脈を持ち、まさに「江戸一の利き者」の名に恥じない蔦重の横にいるのは、自分のような地味な女ではなくもっと華やかで才長けた女性ではないか。「例えば吉原一の花魁をはれるような。そういうお方がふさわしいと存じます」という言葉に、瀬川(小芝風花)との約束を思い出したのは筆者だけではないはず。
瀬川とは、むしろ彼女が吉原一の花魁だったからこそ共に歩むことが難しくなったという過去をていは知らない。日本橋へ進出して世間の吉原への眼差しを変えるという夢は、瀬川から「頼むよ」と託されたものだということも。ていと歩み進める未来は、そんな瀬川との切ない別れをも昇華させることでもあった。これまで出会ったすべての人の思いを抱えて、今を、これからを生きていく蔦重の覚悟を垣間見る瞬間でもあった。
そして、何よりも今目の前にいるていのことを、蔦重は愛しく思っていた。「出会っちまったって思ったんでさ。俺と同じ考えで、同じ辛さを味わってきた人がいたって。この人なら、このさき山があって谷があっても一緒に歩いてくれんじゃねぇか。いや、一緒に歩きてぇって」と。

世の中を本で良くしたいという強い信念に。親から受け継いだ店や奉公人たちに対して静かに愛情を注ぐ姿に。そして冷静を装いながらも蔦重を想うからこそ弱音をこぼす、そんな人間味溢れる姿をようやく見せてくれたことに……。「俺が俺のためだけに目利きした、俺のたった一人の女房でさ」と言い切る頼もしい蔦重に、「女心に関してはめっきり“べらぼう”」なんて思っていたことが懐かしく思うくらいだった。




















