『ばけばけ』ヘブンが“日本人になる”意味 錦織の「誰も何も分かっちゃいない」の真意とは

『ばけばけ』ヘブンが“日本人になる”意味

 ヘブン(トミー・バストウ)が日本人になるという決断を現実のものにするため、トキ(髙石あかり)とともに動き始めたNHK連続テレビ小説『ばけばけ』第114話。ここで改めて、“国籍”と“居場所”というテーマを前面に押し出してきた。

 まずトキとヘブンが訪ねたのは、江藤(佐野史郎)のもとだった。以前の騒動を思えば厳しい反応も覚悟していたはずだが、江藤の態度は意外なほど穏やかだった。むしろ心配していたのは、ヘブンが本当に日本人として生きていけるのかということ、そして何も言わず突然熊本へ行ってしまったことのほうだった。つまり、問題は感情的な対立ではなく覚悟の部分にあるということだろう。とはいえ、その場で許可が出るわけでもない。江藤は話を聞くだけ聞いて、あっさりと二人を帰してしまうが、完全に拒絶されたわけでもない。少なくとも状況は思っていたほど悪くない。トキとヘブンにとっては、まだ可能性が残されていると感じられるやり取りだった。

 そこでトキは、錦織(吉沢亮)に協力を頼もうと中学校を訪れる。だがそこで再会したのは、サワ(円井わん)だった。子どもを見せてくれるのかと目を輝かせるサワは、トキが自分に会いに来たわけではないと分かると、あからさまに肩を落とす。このあたりのサワの分かりやすさは、シリアスな展開の中でほんの少し空気を和らげる存在だ。トキとの関係も、すれ違いや距離を経たうえで、やはりどこか変わらないままであることが伝わってくる。

 しかし、錦織の反応は冷たい。彼はすでにヘブンに対して断りを入れたと言い、「誰も何も分かっちゃいない」とまで口にする。日本人にならない方がいいという言葉は、単なる拒否ではないのだろう。ヘブンが本当に何を望んでいるのか、周囲が何を期待しているのか、そのどちらも整理されていない。その危うさを、錦織だけが先に見ているようでもあった。

 一方、松野家では別の形の家族の話が進んでいた。司之介(岡部たかし)とフミ(池脇千鶴)が勘右衛門(小日向文世)のもとを訪れ、雨清水家に籍を入れたことを報告する。だが勘右衛門はすでに上野家の籍に入っており、今や松野家から見れば“よそ者”になっている。勘右衛門が「養子をもらいなさい」と松野家の将来を心配するのも、家のことを気にしてしまう性分が抜けないからだろう。しかし司之介に「もう関係ない」と突っ込まれるやり取りには、可笑しさと同時に、時代が変わっていく寂しさも滲んでいた。

 そんな勘右衛門が、ヘブンの日本人としての名前を考えていたというくだりは印象的だ。提案された名前は“雨清水八雲”。和歌の「八雲立つ」に由来する、美しい響きの名前である。制度の上ではまだ何も決まっていないのに、名前だけが先に与えられる。その出来事は、ヘブンにとって“日本で生きる自分”を具体的に想像できる瞬間だったのではないだろうか。

 そして終盤、ヘブンはある朝、米をつく音で目を覚ます。松江に来たばかりの頃にも耳にした音だ。ヘブンは初めて松江に来たときと同じように街へ出て、街の人々の賑わう声や洞光寺の鐘の音などさまざまな音に耳を澄ませる。しかしその光景に、どこか違和感を覚える。懐かしいはずの街なのに、どこかが以前と違う。その感覚の正体がまだ掴めないまま、そこへ錦織が現れる。

 日本人になるという決断は、制度の問題であると同時に、ヘブンがどこで生きていくのかという問いでもある。名前を与えられ、松江の音を懐かしいと感じ始めたヘブンは、すでにこの土地を“帰る場所”として受け入れ始めているのかもしれない。けれどその選択は同時に、異国のまなざしで日本を書いてきた文筆家としてのヘブンが、これまでのようにはいられなくなることも意味しているように見える。だが錦織の言う誰も何も分かってないという言葉もまた、簡単には無視できない重さを持っている。日本人になるとは何なのか。戸籍の上の問題なのか、それとももっと深いところにあるものなのか。第114話は、その問いを改めて浮かび上がらせるエピソードとなった。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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