中森明菜主演『悪女』は幻のお宝ドラマ 沸騰する熱量で勝負する古き良きエンタメがここに

中森明菜主演『悪女』は幻のお宝ドラマ!

「いまの世のなか 主導権握るのはね タフで賢い女」

 『悪女A・B』の『B』で主人公・新子(中森明菜)が言うセリフである。相棒(坂上忍)に「俺はな、女にイニシアチブとられるの嫌いなんだ」と言われた新子はその場ではイニシアチブを男性がとることを肯定しながら、陰ではこう毒づく。

『悪女A』

 『悪女A・B』が放送されたのは1991年。その5年前、1986年に男女雇用機会均等法が施行された。男女不平等の時代が終わり、女性が男性と同じ働く機会と待遇を目指せるようになったこの頃、女性は法の下に希望に満ちあふれていたのではないだろうか。あいにく、法ができても女性の地位は思ったほど上がらない現実に苦しむことになるわけだが、おそらくこの頃はバブル景気も手伝って、女性たちが生き生きと前を向いていた。「悪女」というタイトルで3作ものドラマができたのもそんな時代の賜物だろう。

 『悪女A・B』と『悪女II サンテミリオン殺人事件』(1993年)はタフで賢い女が主導権を握るドリームに満ちていた時代の徒花のようなドラマである。3人のヒロインはこのうえもなく華やかで美しく、蜃気楼のように実体がない。だからこそ強烈な芳香を放っている。

『悪女A』

 『悪女A・B』はA、Bの2部構成で1時間半ほどの変わった趣向になっている。『悪女II サンテミリオン殺人事件』は1時間強の1本立て。A、B、IIと中森明菜が3人の悪女を軽やかに演じ分ける。俳優がいろいろな役に挑戦するという趣向はよくあるが、ひとりの俳優が3タイプの悪女を演じ分けるトライはなかなか見ない。彼女の歌のように、1曲、1曲、鮮やかに全く違う女性の人生を演じている。『悪女A・B』という趣向はこの時代、シングルCDがメインの1曲とカップリング曲で構成されていて、そのドラマバージョンのようにも感じられる。

 『悪女A』は謎の美女カスミ。お金持ちのシニア男性と結婚するたび、その男が急死し、カスミは多額の保険金を得る。30年以上前のドラマにもかかわらず、令和のいまもこういう女性が世間を騒がせているなあという既視感を覚える。

『悪女A』

 いつの時代にもこういう女性がいる。絵に描いたような“悪女”カスミは男性の車に自分の車を追突させて、保険で修理代を出しますと言って関わりを持っていく。そのとき見せる扇情的な仕草や表情は計算し尽くされている。男たちはおそらく彼女の狙いがわかっていても惹かれてしまう。カスミを不審に思い真相を探ろうとした保険調査員(古尾谷雅人)もいつしか彼女の魅力に取り込まれて……。

 脚本は現在放送中の朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』、大ヒット医療もの『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)の中園ミホ(当時・中園美保)。1988年にデビューした中園の初期作としても注目したい。

『悪女B』

 ミステリアスで色っぽい『悪女A』のあと『悪女B』は打って変わって軽妙なクライム・コメディ。ルパン三世女性版、あるいは、峰不二子のスピンオフのようなテイストだ。主人公・新子(中森明菜)はふたりの男たちと3人組で宝石店強盗を行うも、戦利品を独り占めしようとするちゃっかり者。ところが宝石を隠した貸金庫の鍵が宝石店の支店長(阿藤海)の手に渡ってしまう。支店長の家にお手伝いさんとして侵入、鍵をとり戻そうと奮闘する新子。したたかで明るく、決して悪びれない彼女はとてもチャーミングだ。折りたたみ自転車で大通りを走る新子は、『探偵物語』の松田優作のベスパを彷彿とさせる。

 だが『悪女B』の醍醐味はそこだけに留まらない。『A』では一人勝ちしていた悪女が『B』では壁にぶつかることとなる。支店長と同居する母(南美江)がなかなかの曲者で、新子は振り回されていく。年齢差のあるふたりの女性の闘いが小気味いい。

『悪女B』

 あの頃流行ったピンクハウスのワンピースも出てきて、当時のファッション好きにはたまらない。

 『悪女II サンテミリオン殺人事件』では、わずか1時間強のドラマながら赤ワインで有名なフランスのボルドー地方・サンテミリオンでロケを敢行し、壮大なラブサスペンスの世界がめくるめく。

『悪女B』

 ソムリエの北見(古尾谷雅人)は幻のワイン、ラ・ムールを3本持って、シャトー「ランジュ」を管理する杜也(細川俊之)を訪ねる。杜也には伶子(中森明菜)という娘がいる。父の溺愛ゆえかごの鳥のようになっている伶子は従業員のジャン(オリビエ・シェプレ)に恋をする。だがある日、彼は謎の死を遂げた。遺体はワインのいい香りがして……。次に伶子と親しくなった雅人(保阪尚輝)も死体となって発見される。北見は伶子を訝しく思いながらも彼女に惹かれていく。北見を演じる古尾谷は『悪女A』で保険調査員を演じているので、再び主人公が怪しいと知りながら深みにハマっていくパターンなのだが、伶子の悪女っぷりは『悪女A・B』からさらに深淵な、狂気を帯びたものと化していく。1993年というとバブルが崩壊した頃。伶子は、カスミや新子のようなイケイケキャラではなく、祭りの終わりを感じさせる哀感や儚さが滲む。

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