『振り返れば奴がいる』は『鎌倉殿の13人』と似ている? 三谷幸喜の“原点”が詰まった快作

4月30日に『振り返れば奴がいる』(フジテレビ系)が、CSホームドラマチャンネルで全話一挙放送される。
本作は、1993年に三谷幸喜が地上波のプライムタイムで初めて全話執筆したオリジナルドラマだ。

物語は正義感の強い医師・石川玄(石黒賢)が、医師として最高の手術の腕を持ちながら、患者が死ぬことに対して冷淡で病院の中で傍若無人に振る舞う司馬江太郎(織田裕二)と、医者としての哲学をめぐって激しく衝突する姿を描いており、三谷脚本では珍しいシリアスなドラマとなっている。
当時の三谷は劇団・東京サンシャインボーイズを主宰する傍ら、放送作家としてテレビ番組に関わっていた。人気シリーズとなっていたコメディドラマ『やっぱり猫が好き』(フジテレビ系)で執筆した脚本が高く評価されていた三谷は、プロデューサーの石原隆に抜擢され『振り返れば奴がいる』を執筆したのだが、『古畑任三郎』シリーズや『王様のレストラン』といった後にフジテレビで手掛ける三谷ドラマと比べると、かなりの異色作だ。

病院という限定された空間で、医者、患者、看護師、出入りの製薬会社の営業社員といった様々な立場の人々の視点が描かれる群像劇は演劇的で、作品の構造はとても三谷幸喜らしい。
一方、出演俳優は、権力闘争に翻弄される医師・平賀友一を西村雅彦(現・西村まさ彦)、癖のある患者を梶原善と小林隆といった東京サンシャインボーイズの俳優が演じており、気弱で優しいおじさんや、セコい小悪党といった小者感のある愛すべきキャラクターたちが織りなす三谷ワールドの空気を作り出している。
そして、鹿賀丈史が演じる外科部長の中川淳一は、一見ひょうひようとしているが一癖も二癖もある老獪な大人だが、愛嬌があるためどうにも憎めない。
三谷ドラマは、田村正和、松本幸四郎(現・松本白鸚)、草刈正雄といったオシャレなおじさん俳優を食えない大人として活かす采配が巧みだが、鹿賀丈史が演じる中川はその原点と言える存在だ。彼のようなひょうひようとしたおじさんが頂点に立つことで物語に品の良さを与えるキャスティングは、この時点で完成している。

対して、主演の石黒賢と織田裕二が演じる正反対の医師と、2人の間で揺れる研修医の峰春美を演じる松下由樹と、司馬と昔付き合っていた麻酔科医の大槻沢子を演じる千堂あきほの4人は、トレンディドラマブーム以降のフジテレビが得意としている当時の若者向け恋愛ドラマらしい配置となっている。
大ヒットしたCHAGE and ASKAの主題歌「YAH YAH YAH」の使い方も毎回見事で、この曲がかかると一気にドラマが盛り上がる。三谷ドラマの主題歌はインストや洋楽が多く、それが90年代のテレビドラマでは独自のスタイルとなっていた。その意味で主題歌の使い方もトレンディドラマ的で、三谷ドラマでは珍しい演出だ。

つまり、三谷幸喜らしさとフジテレビドラマらしさが混在しているのが本作の面白さで、その結果、脚本家として成熟した近年の作品とは異なる想定外の面白さが生まれているように感じる。