『国宝』における田中泯の“悪魔的存在感” 美しい化け物=小野川万菊を成立させた説得力

当代一の女形、小野川万菊。喜久雄と俊介に“美しい化け物”と形容されたくらいに、圧倒的な存在感は怪物的ですらある。そう、おそらく彼も、歌舞伎の道を極めるために悪魔と契約し、自身もメフィストフェレス的存在へと変貌したのだろう。彼が悪魔であることを筆者が確信したのは、半二郎が舞台の上で吐血し、突然の事態に放心している喜久雄を、じろりと睨みつけるシーン。その蝋人形のような動き方といい、不気味すぎる表情といい、完全にホラー。彼は人間ならざる者なのだ。
やがて彼は、同じような欲望を抱える喜久雄の心性を見抜き、病床に伏せた状態で稽古をつける。喜久雄は万菊によってデモーニッシュな魔力を身につけ、人間国宝へと上り詰めた。「悪魔との取引」は、“美しい化け物”小野川万菊との邂逅によって果たされたのである。
演じる田中泯は、もともと世界的な前衛舞踊家。パリやニューヨークをはじめ世界で踊りを披露し、欧米で高い評価を得てきた。また彼は、暗黒舞踏の創始者のひとり、土方巽(たつみ)を師と仰いでいたことでも知られている。暗黒舞踏とは、死と生、肉体と精神といった人間の根源的なテーマを、日本独自の身体表現として発展させた前衛舞踊。篠田正浩監督が1974年に発表した映画『卑弥呼』で、その強烈スタイルの一端を覗くことができるので、ご興味のある方は是非。白塗りの男たちが肉体を躍動させるシーンは、脳裏に焼きついて離れない。
やがて田中泯は、山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』でスクリーンデビューを飾ると、『メゾン・ド・ヒミコ』、『47RONIN』、『永遠の0』、『PERFECT DAYS』などのヒット作・話題作に次々と出演。今や田中泯は、映像の世界においても欠かすことのできないバイプレイヤーとなっている。『国宝』における悪魔的存在感は、確実に舞踊家として培ってきたものがベースになっているはず。
彼はあるインタビューで、「僕は、存在することに賭けてきた。第一そうでなければ、簡単に観客から捨てられていきます。バレエだって同じように踊っているけど、観客は『あの子がいいね』と言うじゃないですか。それも、存在感だと思う。それは技術を越えたところにあると思います。」(※)と答えている。観客の目に留まるために、彼は世界各地で踊り続けてきた。身体の持つ記憶や無意識を、エネルギーとして放出してきた。存在感とはとどのつまり、言葉=セリフではなく、身体そのものが意味を発していることを指している。
小野川万菊というキャラクターには、芸を極めることに人生のすべてを捧げた人間の“業”が宿っている。2025年で80歳の傘寿(!)を迎えた田中泯は、舞踊によって磨き上げられた身体によって、その“業”を演じてみせた。稀代のパフォーマーが小野川万菊に憑依したからこそ、映画『国宝』は歌舞伎版『ファウスト』に成り得たのである。
参照
※https://www.cpra.jp/sanzui/2016_sanzui/post-27.html
■公開情報
『国宝』
全国公開中
出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作 宮澤エマ、田中泯、渡辺謙
監督:李相日
脚本:奥寺佐渡子
原作:『国宝』吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
製作幹事:アニプレックス 、MYRIAGON STUDIO
制作プロダクション:クレデウス
配給:東宝
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
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