『あんぱん』と『エール』が表現した戦争と分断 戦後80年の今だから描く“加担者”の主人公

『あんぱん』と『エール』の戦争描写を比較

 また、両作品とも戦争に対する考え方の違いで社会が分断されていくさまを鮮烈に活写している。『あんぱん』では軍用の乾パン製造を巡り、軍国主義に染まったのぶと、婚約者である豪を戦争で亡くしたことから反戦主義となった妹の蘭子(河合優実)が真っ向から対立。さらにのぶは、東京で自由を謳歌する嵩(北村匠海)のことも非難し、亀裂が入ってしまう。

 『エール』では、ヒロインの音(二階堂ふみ)が戦時下で国防婦人会の活動にも参加せず、音楽教室の運営に精を出していることに対して、軍人の夫を持つ姉・吟(松井玲奈)から叱咤される場面があった。逆に裕一は元弟子で、義妹の夫となった五郎(岡部大)から「先生には戦争に協力するような歌を作ってほしくありません。戦争に行く人が増えれば無駄に死ぬ人が増えるだけです」と訴えられる。元来、穏やかな性格の裕一が「命を無駄と言うな!」と声を荒げるシーンに衝撃を受けた人も多いのではないだろうか。戦争が引き裂くのは、国と国だけではない。たとえ同じ人種、家族や友人のように親しい間柄であっても、分断されかねないのが戦時下だ。

窪田正孝が裕一として初めて見せた激昂 『エール』「若鷲の歌」のヒットが意味するもの

海軍航空隊の予科練習生を主題とした映画『決戦の大空へ』とその主題歌「若鷲の歌」が大ヒットした裕一(窪田正孝)。『エール』(NHK…

 さらに、『あんぱん』では兵役で小倉連隊に配属され、中国の福建省に派遣された嵩、『エール』では慰問のためにビルマ(現ミャンマー)を訪れた裕一の視点から戦地の状況が描かれるのも特徴である。だが、両者の立場は正反対だ。前述したように、自分の音楽で兵士たちを力づけたいと思っていた裕一。ところが、現地で再会した恩師の藤堂(森山直太朗)が目の前で敵の砲撃を受け、命を落としたことによって、自分の音楽で人々を戦争に駆り立て、命を奪ってきたことへの後悔の念に襲われる。つまり、裕一にとっては自分の間違いに気づくための“旅”だった。

『エール』が迎えた1945年8月15日の終戦 クレジットからも滲む言葉にできない裕一の思い

インパール作戦によるビルマ前線での地獄のような惨劇、さらに藤堂(森山直太朗)の戦死は、裕一(窪田正孝)に強いショックを与えていた…

 一方、嵩はもともと「ぼくは戦争が大っ嫌いです」と明言しており、戦地では反戦への思いを強めることとなる。福建省の駐屯地に到着して間もなく宣撫班勤務となり、戦闘任務から外れたため、現時点ではまだ悲惨な場面に遭遇していない嵩。地元民を支配するために絵を利用することに葛藤はありながらも、岩男(濱尾ノリタカ)とリン(渋谷そらじ)の人種を超えた交流にインスパイアされた紙芝居をみんなに楽しんでもらえたという喜びもあった。だが、これから嵩を待ち受けているのは“ヤムさん”こと草吉(阿部サダヲ)を苦しめた飢えとの戦い、そして仲間の死だろう。視聴者の間では、岩男とリンの関係がそれぞれの名前と、岩男の「(リンといると心が)ふわ~っとあたたかくなる」という台詞から、やなせの絵本『チリンの鈴』をモデルにしているのではないかという見立てもある。岩男とリンは、狼のウォーと子羊のチリンと同じ顛末を辿るのだろうか。ここから先の展開は覚悟して見届けたい。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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