Netflix映画『新幹線大爆破』は日本映画にとって希少な挑戦作に 人間ドラマや脚本に課題も

その一方で、人間ドラマとして最高潮の波を迎えたこのシーンが、脚本上の弱点になっているのも事実だ。ここでの葛藤は人間のリアルな心情を表現しているのかもしれないが、業務に誠実な車掌として乗客を守ろうと奔走してきた彼が、突如として信義に背くような行動をするという展開が、観客を必要以上に戸惑わせる要因になっていると感じられる。例えば、高市の過去や私生活において、規律の中で抑圧されてきた描写があれば、こうした突発的な行動も、より納得のいくものになったかもしれない。
例えば、トニー・スコット監督の名作『アンストッパブル』(2010年)も、暴走する列車を止めようとする機関士や車掌の物語だ。観客が、奮闘するデンゼル・ワシントンとクリス・パイン演じる主人公に深く共感し、応援したくなるというのは、彼らの人間くさい部分や精神的な問題を、ストーリー展開のなかで何度も見せた上で、鉄道事故の被害者を出さないように立ちあがってヒーローになっていく過程を描いているからだ。対して本作『新幹線大爆破』は、品行方正な態度を貫いてきた主人公が、一瞬道を踏み外しそうになるという、逆の道を歩んでいる。だから、葛藤の克服への感動や、クライマックスに向けての作劇的な推進力が生まれづらいのである。
脚本には、他にもいくつか問題がある。ネタバレに関係する部分なので具体的には言及しないが、犯人や動機がリアリティを欠いている弱点は、多くの観客が認識するところだろう。また、新幹線に爆弾を設置する際、いったいどうやって乗務員が手を出せないような位置にまで忍び込んで設置作業をおこなうことができたのかが謎だ。
そもそも、新幹線の整備基地や車両基地には厳重な警備システムが張り巡らせてあるはずで、外部の人間が立ち入ること自体が困難だろう。設置には工具や鉄道車両の知識も必要になる。『スピード』のデニス・ホッパー演じる爆弾魔は、高層ビルのエレベーターに爆弾を仕掛ける際、近寄ってきた警備員をやむなく殺害していたが、いざとなれば本作の犯人も、彼のように警備員を攻撃する覚悟が必要になるし、監視カメラを避けるなどのスキルも求められる。そこが描かれていないので、この計画自体が実現可能なものだと思えないのだ。
製作にあたっての事情を想像するに、リアルな犯行の過程を描いてしまっては、防犯上の理由からJR東日本の協力が得られないという判断があったのかもしれない。だとすれば、その配慮は理解できるところだが、犯人の正体で驚かせようと思うのなら、脚本を一部書き直すなど、何らかの工夫で最低限のリアリティを成立させてほしかったところではある。
また、1975年の原作において、犯人側に焦点を当て、体制から弾かれた者たちの事情を描くことによって、新幹線という日本の経済成長の象徴がターゲットとなる構図を描き、世相を反映した試みに比べると、本作の犯行の構図には疑問符がつく。いわゆる「有害な男性性(トキシック・マスキュリニティ)」や、悪しき「父権主義」という現代的な問題には触れつつも、ではそれが新幹線への爆弾設置や脅迫に繋がるかというと、腑に落ちない部分が少なくない。
日本では近年、走行中の列車内で20代の男性が乗客を無差別に襲い、ライターオイルで火をつけて乗客たちの命を危険にさらした事件が起きている。その原因となったのは、交際女性に別れを告げられた出来事だったことが分かっている。列車内での痴漢被害や、駅構内での“ぶつかり男”の存在など、そういった事件の報道も、われわれは目にしている。そういった世相のなかでは、本作の事件の動機を、「有害な男性性」への反抗とするよりも、「有害な男性性」を持つ人物そのものを犯人として持ってきた方が、現実の日本の社会を映し出す納得感が得られたのではないだろうか。
とはいえ、本作がリアルな新幹線のロケーションと撮影技術を駆使して、従来の日本映画では描けなかったような物理的なスケール感を創出したことは確かなことだ。原作が主軸とした人間ドラマをとり入れながら、『スピード』のようなレスキューシーンをも壮大な迫力で描くなど、娯楽作品としての見応えを第一とし、圧倒的なライド感で、原作よりもテンポよく興奮させた点は、日本の実写映画があまり世界に向けてアピールできていなかった方向での面白さを発信したという意味で、希少性が高い。
かつて原作の『新幹線大爆破』が、海外で評価されたように、娯楽的な方面から、再び日本の実写映画が注目を浴びるためには、本作のように、ヴィジュアルとしての強度や、多くの人が興味を持つことのできる普遍的な枠組みが必要になってくるだろう。この分野で突っ走っていく本作の試みは、日本映画にとって必要な挑戦である。
■配信情報
Netflix映画『新幹線大爆破』
独占配信中
出演:草彅剛、細田佳央太、のん、要潤、尾野真千子、豊嶋花、黒田大輔、松尾諭、大後寿々花、尾上松也、六平直政、ピエール瀧、坂東彌十郎、斎藤工
監督:樋口真嗣
脚本:中川和博、大庭功睦
原作:東映映画『新幹線大爆破』(監督:佐藤純彌、脚本:小野竜之助/佐藤純彌、1975年作品)
エグゼクティブ・プロデューサー:佐藤善宏(Netflix)
プロデューサー:石塚紘太
ライン・プロデューサー:森賢正
准監督:尾上克郎
音楽:岩崎太整、yuma yamaguchi
撮影:一坪悠介、鈴木啓造
照明:浜田研一
録音:田中博信
美術:佐久嶋依里、加藤たく郎
スタイリスト:伊賀大介
編集:梅脇かおり、佐藤敦紀
アクション・コーディネイター:田渕景也
VFXスーパーバイザー:佐藤敦紀
ポストプロダクションスーパーバイザー:上田倫人
Compositing Supervisor:白石哲也
リレコーディングミキサー:佐藤宏明(molmol)
音響効果:荒川きよし
ミュージックスーパーバイザー:千陽崇之
特別協力:東日本旅客鉄道株式会社 株式会社ジェイアール東日本企画
制作プロダクション:エピスコープ株式会社
製作:Netflix


























