Netflix映画『新幹線大爆破』は日本映画にとって希少な挑戦作に 人間ドラマや脚本に課題も

高倉健、千葉真一、宇津井健をはじめとして豪華キャストが集められた、1975年公開の『新幹線大爆破』。新幹線に爆弾が仕掛けられる事件を中心として、乗務員や乗客の運命、捜査官やテロリストなどの動きや人間ドラマが描かれた、東映のパニック映画である。『タワーリング・インフェルノ』(1974年)などのジャンル作品を参考にしながら、速度を落とすと爆弾が爆発するとした個性的なアイデアは、キアヌ・リーブス主演の大ヒットアクション映画『スピード』(1994年)の設定を20年近くも先取りしていた。
そんな『新幹線大爆破』の2025年版として、原作をこよなく愛しているという樋口真嗣監督が、草彅剛主演で再び同じモチーフで完成させたのが、同名の『新幹線大爆破』である。ここでは、本作『新幹線大爆破』の内容をさまざまに追っていきながら、その全体像を明らかにしていきたい。
※本記事では、映画『新幹線大爆破』の中盤以降のストーリー展開に触れている箇所があります。
原作で爆弾を仕掛けられたのは、東京発博多行きの新幹線「ひかり109号」。本作では新青森発東京行き「はやぶさ60号」に変わり、「東海道・山陽新幹線」から「東北新幹線」へと、舞台となる路線が変更されている。それだけでなく、爆弾が爆発する速度も、時速80km以下から時速100kmへと変わることになった。線路の距離が短くなり、さらに最低スピードが速くなったことで、より予断を許さない状況が生まれるのである。
乗客の命運を握った犯人は、爆弾解除の条件として1000億円を要求。車掌の高市(草彅剛)や藤井(細田佳央太)、運転士の松本(のん)などの新幹線乗務員や、総括司令長(斎藤工)など、新幹線の状況を見守り作戦を立てる運行管理者らは総動員で、止まることのできなくなった新幹線の乗客を助けようと奮闘する。
驚かされるのは、東北新幹線を運行する「JR東日本」が、本作に全面的に協力しているという事実である。オリジナル版製作当時は、新幹線が爆弾テロに狙われるという映画の内容が当然問題視され、「国鉄」の協力が得られるはずもなかった。しかし今回は、鉄道の文化的価値を描くという作り手の熱意によって、同様の内容にもかかわらず、会社が動かされたかたちだ。
これによって本作では、実際の新幹線車両や施設を使用して撮影することが可能となった。なんと新青森と東京の間を撮影用の臨時列車が計7往復運行され、さまざまな位置から走行する新幹線を撮影することができたのだという。通常の撮影では見られないような角度からの新幹線のショットは圧巻であり、樋口監督の鉄道へのフェティッシュを感じるアングルからの映像が多数挿入されている。
線路沿いからの低い位置からの画角や、運転席からの景色、車両の配線、連結部の構造など、いままで映像作品では見られなかった光景が、本作には詰まっている。JR職員ですらなかなか見られない映像を味わえるというのは、原作にはない“強み”だといえるだろう。撮影技術の進歩や、樋口監督ならではの特撮による説得力が随所に感じられ、映像の面で格段に迫力が増していることは間違いない。
一方、樋口監督の過去作では、特撮の見事さ、メカニズムなどへの解像度の高さに比べて、人間ドラマが弱いという点が課題だという指摘がなされてきた。そこは、おそらく本人も気にしている部分だと見え、本作ではとくに感情表現に力を入れているように感じられるところだ。しかし、尾野真千子演じる政治家の啖呵や、要潤演じる動画配信インフルエンサーのちゃらんぽらんな言動、松尾諭演じる過去の過失に苦しんでいる人物の苦しみなどは、やはりどこか記号的で、オーバーアクトに感じられるシーンもある。人間ドラマに厚みを加えようとした方向性が、俳優個々の演技への負担を増加させているように思えるのである。
だが、真面目一徹な車掌の高市が、気の迷いから犯人の首を絞めようとするシーンでは、暗闇の中にあった新幹線がトンネルを抜け、黄金色の夕陽の日差しに包まれるという演出を加えることによって、葛藤を克服する彼の精神状況を映像詩として表現することに成功している。セリフを排した、まさにサイレント映画のような優雅さである。さらにここでは、『任侠ヘルパー』(2009年/フジテレビ系)などで垣間見せていた草彅の不穏さを醸し出す表現力が、見事に呼応してもいるのだ。このシーンでは、演出と演技が高い次元で噛み合っていたといえよう。