【ネタバレあり】『片思い世界』は坂元裕二の集大成に “目に見えないもの”を視覚化する試み

坂元裕二脚本『片思い世界』の真の試みとは

 一方で、そうした若い世代を中心にした“推し活”がビッグビジネスだと考えられるようになり、基本的に直接交流できない相手に愛情を注ぐという、一方通行の想いを持つ人々が増加したことが、社会現象として報じられている。身体性をともなう関係よりも、自分の感情を否定しない存在との比較的安全な関係性を望むことで、ますます社会と個人とのかかわりは細分化され、限定的なものとなってきているといえるだろう。

 そういう意味において、美咲、優花、さくらは、青春時代を喪失して濃厚な関係を持たずに生きている若い世代の一つの傾向を、抽象化した存在として描かれているようにも感じられる部分がある。まるで優花たちが空中に浮遊しているような、マンションの外階段に佇むところを捉えたショットは、本作のなかでもとくに美しいが、そこには世界や社会との繋がりが希薄だという、若い世代の実感もまた象徴されているように見えるのだ。

 優花が母親(西田尚美)との交流を望み、美咲が幼なじみの青年(横浜流星)とのディスコミュニケーションを乗り越えたいと願うように、劇中で彼女たちは、気ままな生活をそれなりに楽しみつつも、より濃厚な交流や繋がりを望もうとする。そして、一縷の望みを込めて肉体を持って蘇る儀式をおこなおうともするのである。そこには、世間から遊離した感覚からもたらされる美しさと、人との繋がりを求める感情の混在を感じられる。これは、まさに時代的な世界観だといえるのかもしれない。

 また一方で、本作は坂元の執筆作品『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)に引き続き、死生観や人生の在り方についてもフォーカスしている。これは、とくに近年の坂元の大きなテーマでもあるのだろう。パンフレットのインタビューで坂元裕二は、「自分の38年の脚本家人生は、これを書くためにあったんだな」と語っている。この言葉が出た文脈は、人生の結果ではなく過程に意味があるといったテーマに言及した後となる。

 本作でそこに分かりやすく該当しているのは、優花の母親が亡き娘について語る場面だろう。優花が幼い年頃で亡くなってしまい、先の人生を経験できなかったことは確かだが、だからといって、その人生全てが“かわいそう”なものとして意味づけられてしまうことに、彼女は違和感をおぼえるのだという。優花の人生には、間違いなく幸せな瞬間、特別な時間がたくさんあったはずなのだ。それは長い人生を生きた多くの人間も同じだといえるだろう。

 この、人生において結果よりも過程を楽しむというテーマは、これまでの坂元裕二脚本の特徴とも重なるところがある。何か大きな目的があって、そこに収斂するように数々の場面を配置するという書き方は、メッセージ性を強くできるものの、その価値が結末部分に集中してしまうという傾向もある。それに対して、あちこちの描写の細部を豊かにする試みの方に主体を置く方法では、物語の推進力を高めにくいものの、それぞれのシーン自体にきらめきを生み出すことができるのだ。まさに細部に価値を見出す坂元脚本は、後者のスタイルだといえるだろう。そして、その哲学こそを扱った本作は、一種の集大成であると判断できる。

 優花が大学で学ぶ物理において、多元宇宙論を派生させた粒子について言及されるところも面白い。「シュレーディンガーの猫」という思考実験のかたちで批判された量子力学の不確定性は、宇宙がその都度分岐していることで説明できるのいうのが、多元宇宙の世界観だ。本作における多元的な要素は、“幽霊がいるかいないか”という点である。

 ラストシーンで3人は姿を消すように演出されているが、それが示すのは、彼女たちは“いるとも言えるし、いないとも言える”存在であるということだろう。空中を飛ぶ電波を知覚できないように、われわれ生身の人間もまた、幽霊の存在を感じることができないのかもしれない。

 幼くして亡くなった者たちが、どこかに存在していて、生きている人たちと同じようにすくすくと成長し、さまざまなことを経験する……。それは、優花の母親のように幼い子を亡くした者にとって救いだといえるだろう。少なくとも、そのような世界をイメージする“思い”や“優しさ”が、坂元裕二の想像や希望のなかにあるというのは間違いのないところだ。映画のなかに彼女たちが存在しているように、“感情”はそこにあるのだ。われわれ観客と作り手や演者たちは、視覚や音響を通しつつも、そこで媒介される見えない感情にこそ、胸を打たれる。

 死んだ人を思い続ける人の心と、死んだ人間が遺していった人を思う、それぞれの“片思い”が交差して、あたかもそこでコミュニケーションが成立するように見える、クライマックスの奇跡のような瞬間も、本作『片思い世界』では描かれる。この奇跡の描写は、映画ならではの演出的な盛り上がりであり、都合の良い“嘘”なのかもしれない。しかし前述したように、誰かが誰かを思う感情は、そこに紛れもなく存在する。その粒子のように“目に見えないもの”を視覚化することが、本作の真の試みだったのだと考えられるのである。

■公開情報
『片思い世界』
全国公開中
主演:広瀬すず、杉咲花、清原果耶、横浜流星、小野花梨、伊島空、moonriders、田口トモロヲ、西田尚美
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
配給:東京テアトル、リトルモア
©︎2025『片思い世界』製作委員会
公式サイト:kataomoisekai.jp
公式X(旧Twitter):@kataomoi_sekai

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