広瀬すずのすごさは“溶け込み力”にあり 『片思い世界』で発揮された卓越した心理表現

広瀬すずの芝居のすごさは“溶け込み力”

 広瀬すず、杉咲花、清原果耶がトリプル主演を務める『片思い世界』が4月4日に公開された。広瀬は本作でしっかり者の美咲を演じている。

 映画を観た瞬間、広瀬の作品における「浸透力」の高さに、私は唸った。演技ではなく、作品の中に美咲として「溶けている」とでも言うべきか。映画を観終えたはずなのに、終わったという実感がちっとも湧かない。美咲は、今でも街のどこかで優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)と共に、この世界のどこかで他愛のないおしゃべりをしながら仲睦まじく過ごしているのではないだろうか。そんな気さえしている。

 広瀬が作品の世界と一体化できる理由とは、一体何なのか。本記事では、広瀬が作品への「浸透力」に優れている理由について迫っていく。

 『片思い世界』は、東京のある古い一軒家で、美咲、優花、さくらが心の内にそれぞれの“片思い”を秘めたまま12年間生活を共にするストーリー。美咲は年長者として、優花やさくらの面倒を見ようと日々奮闘している。美咲が2人のためにお弁当を包む仕草や「忘れ物はない?」と声をかけるシーンはあまりに自然だ。肩の力を感じないその姿は、本当に12年間その家で暮らしているかのように映り、広瀬の「作品への溶け込み力」に対し、私は舌を巻いた。

 美咲は、思ったことをすぐ口にしてしまうさくら、思いを相手に伝えようとする優花と比べると、自分の思いをあまり表に出そうとしない。言葉で気持ちを出さない分、広瀬は美咲を演じるのが難しかったのではないか……。ストーリーが始まった瞬間、一抹の不安が脳裏をよぎる。けれどその不安は、映画が進むにつれてあっという間に払拭されていく。広瀬が憂いのあるまなざしや細かい仕草によって、丁寧に美咲の心理を表現していたからだ。

 美咲は、思いに身を任せて動き回る2人の行く末を心配するかのように、いつも一歩下がって後ろをついていくような、控えめで心配性の性格だ。けれどその足取りはどこか不安げで、頼りない。ホラー映画を見れば2人よりも怖がるし、本当は誰よりも臆病で、傷つくのが怖いのに……。そんな美咲の健気な姿を見ると、ふと彼女の行く末を見守りたくなってしまう。

 作品の中で、美咲が優花やさくら、そして通勤バスでよく会う高杉典真(横浜流星)に向ける眼差しはとても温かくて優しい。心配、寄り添う、時にはそっと見守るような……。瞳の表情が豊富なので、セリフのないシーンでも、不思議と美咲の心理が読み取れる。不思議なことに、美咲に瞳を向けられた人や場所は、柔らかな光に照らされていく。美咲の瞳をみると、どんなシーンが訪れようとも、希望を持って作品を見続けられる気がした。なぜ、広瀬の演技からは光や希望を感じられるのだろうか。

 その答えに触れたのは、4月5日9時35分の回上映後に全国の劇場で同時生中継が実施された「公開記念舞台挨拶」を視聴した時のこと。広瀬は「(流星くんの)ピアノの一音を聞いて、これまでの演技が報われた思いがした」と語っている。その言葉を聞くなり、広瀬は誰かの小さな仕草から希望を見いだせる人なのだと感じた。そして、その思いを聞くなり、家事をきちんとこなし、会社や学校にも通う「普通の生活」を大切にする美咲が重なった。

 舞台挨拶では自分の思いを落ち着いた表情で述べる杉咲、にこやかに手を振る清原とは対照的に、やや緊張こそしているものの「この日を、やっと迎えられた」といった安堵の笑みを浮かべる広瀬の姿が印象的だった。観客に目を向ける瞳は優しく温かくて、そっと会場を柔らかな光で包み込んでいくような。その姿は、まさに「美咲」そのものだった。

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