『光る君へ』は“ラブストーリー”を超えた 吉高由里子×柄本佑が生んだ水面のような余韻

『光る君へ』は“ラブストーリー”を超えた

 「私が気づいていないとでも思っていた?」とまひろ(吉高由里子)に問う倫子(黒木華)。NHK大河ドラマ『光る君へ』の最終回直前、第47回の終わりは、道長(柄本佑)の嫡妻とソウルメイトがついに向き合うことになった。

 道長とまひろはその深い関係を長らくひた隠しにしてきたが、まひろが内裏に入った頃から、道長の嫡妻・倫子は、夫との仲に薄々気づいていた。親密さがダダ漏れとは言わずとも微漏れしていたからだ。ふたりはなにかと視線を交わし合うし、道長はまひろのもとにしょっちょう顔を出していたから、鋭い人にはわかってしまうだろう。

 最終回に当たっての取材で、脚本家の大石静は、ラブストーリーを主軸に『光る君へ』を書いたつもりはないと語っていた。だが、最終回への引きを見て、道長の妻・倫子と、娘まで成したまひろとのこんなヒリヒリするやりとりにもかかわらず、「ラブストーリーが主軸ではない?」と筆者はたまげた。それからとても愉快な気持ちになった。こんな大河もあっていい。(※)

 正妻と愛人、女のメンツをかけた戦いのような場面は、昭和だったら向田邦子が得意とするような風情である。王道のラブストーリーでもなく、女同士のぶつかりあいだ。これまで女性が主人公の大河ドラマもたくさんあったし、女性が男性の浮気に苛立つエピソードもあったとはいえ、それをラス前に持ってくるのはなかなかの決断ではないだろうか。これぞ女の大河ドラマ?

 思えば、物語のはじまりはまひろと道長の出会いなのだ。少女と少年が偶然出会い、惹かれ合い、哀しい運命のいたずらに引き裂かれてしまう。

 やがて再会するも、両者は貴族といっても身分違いで、まひろが道長の嫡妻になることはかなわない。だから、道長は妾になってほしいと持ちかけた。これが彼のせいいっぱいの愛情表現だったのだ。ところがまひろは首を縦に振らなかった。妾になるなんて耐えられなかったのだ。これが第二の運命の分かれ道。当時は妾になることも当たり前ではあったが、女性はそういうものと諦めることがまひろにはできなかった。そんな彼女だからこそ将来、優れた作家として頭角を表したのであろう。のちに『源氏の物語』で男性の身勝手に翻弄される女性の想いを綴っていくことになる。

 まひろも一度は妾でいいと譲歩しかかったが、ときすでに遅く、道長は家柄の申し分ない倫子を妻に迎えることを決めてしまう。このすれ違いがなければ『源氏の物語』は生まれなかったかもしれない。だから、最後に、ねじれにねじれた運命を糺すためにまひろと倫子が向き合うのが当然の流れなのだろう。

『光る君へ』第11回

 ラブストーリーが主軸ではないという作者の考えを聞いてから考えると、『光る君へ』は『源氏の物語』の誕生譚だと思える。身分差の激しい時代、やりたいことが自由にできず縛られていた女性が、困難をバネに世紀の名作を書きあげる。平安時代の『プロジェクトX』のようなものといってもいいかもしれない。

 『光る君へ』は女性には様々な制約があり、本来ひとりで外にも出られず、名前も顔も隠していた時代に、生きていた印を残した女性たちの物語である。まひろ(紫式部)は貴族社会の光と闇を『源氏の物語』を通して描き、ききょうこと清少納言(ファーストサマーウイカ)は、定子(高畑充希)と一条天皇(塩野瑛久)の一点の曇りもない栄光の時代を随筆として書き残し、赤染衛門(凰稀かなめ)は『栄花物語』で藤原道長の優れた政治家としての歴史を先祖の代から遡って記録した。知性派の女性たちが三者三様、かぶらない文学を書き上げた。政治に関われなかった女性たちが、意外な形で政治に関わることになったのだ。それもまた、女の大河ドラマの真骨頂といえるのではないか。

 なかでも『源氏の物語』は、色男の光源氏が次々と女性を渡り歩く話と思わせて、実は、当時、名前も姿も曖昧にされてきたたくさんの女性の個性と生活と心情や当時の風俗を豊かに記録したとも言えるし、『光る君へ』においては、女性の登場人物たちはまひろのまわりにいた人々がモデルになっていると考えられるのと同時に、実は全員がまひろの分身のようにも思えてくる。まひろの深い哀しみが成就するには、これほどの長い長い物語が必要だったのかもしれない。

 少女のとき、母(国仲涼子)を亡くし、身分差や男女差によって不自由な暮らしを強いられ、自分よりさらに不幸な、身の上の者たちが理不尽に死んでいく様を目の当たりにし、自分とはこの世とは何なのか問いながら彷徨ってきたひとりの女性が、物語を描くことで回復していく。ある種のケアの物語であったと言ってもいいのかもしれない。

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