乙丸の「帰りた~い!」は『光る君へ』屈指の名シーンに 矢部太郎が“全話”で放った存在感
NHK大河ドラマ『光る君へ』第47回「哀しくとも」で、まひろ(吉高由里子)に向かって「帰りたい」と繰り返す乙丸(矢部太郎)の姿が話題を呼んだ。
大宰府にて再会を果たしたまひろと周明(松下洸平)だったが、2人は異国の海賊との戦いに巻き込まれ、周明は敵が放った矢に胸を貫かれる。周明はまひろに息も絶え絶えながら「逃げろ……」と伝え続けていたが、まひろの命を救ったのはもちろん周明だけではない。
海賊と戦う双寿丸(伊藤健太郎)の「行け!」という声を聞き、乙丸は意を決してまひろを周明のもとから引き離す。長年、まひろの従者として付き従ってきた乙丸がまひろの悲しみを理解していないはずがない。けれど、彼の使命はまひろを守ることだ。乙丸演じる矢部が見せた決死の形相に心を打たれる。まひろを逃がそうとする乙丸の手には、まひろを労わる優しさだけでなく、まひろを生かす使命が伝わってくる強さが感じられた。
必死になってまひろをその場から連れ出す乙丸の姿に、越前でのまひろと乙丸の会話を思い出した。周明に命を脅かされた日の晩、まひろから突然なぜ妻を持たないのか聞かれた時、乙丸はこう答えていた。
「あの時……私は、何もできませんでしたので」
「北の方様が……お亡くなりになった時、私は何も……」
「せめて姫様だけはお守りしようと誓いました」
第1回でまひろの母・ちやは(国仲涼子)はまひろの目の前で殺された。第1回の終わり、為時(岸谷五朗)にちやはを殺した相手の名を泣きじゃくりながら伝える姿には悔しさが滲んでおり、観ていてとても切なかった。この時のことを乙丸はずっと悔いていたのだ。
乙丸は初登場時からどこか頼りないが、まひろたち家族を守るという強い気持ちは今も昔も変わらない。矢部の演技は、従者らしい控えめな佇まいに徹する真摯さも魅力的だが、1人の人間としての意志の強さが感じられるところにも心を引き付けられる。