『はたらく細胞』細胞VSバイ菌の対立構造 単純な“勧善懲悪”にとどまらない物語の深み

『はたらく細胞』が描く“勧善懲悪”

 本作には「健康な身体」の持ち主として漆崎日胡が、「不摂生な身体」の持ち主として漆崎茂が登場する。健康/不健康という形の対比である。

 その茂を演じる阿部サダヲが腹を下すシーンは実写映画版でコミカルに描かれる一方、排便とともに体外に追い出されてしまう細胞たちには死が待ち受けるという、ナンセンスなノリにもかかわらず、ある意味での残酷描写が本作には用意されている。そしてこのシーンで示されているのは体内/体外の対比であり、この対立を破ることにはダメージが伴うということを便意(からの解放)とともに描いているのだ。

 しかしよく考えてみれば、我々は常に体内/体外の境界線がいつでも崩壊しうる環境を生きている。呼吸器は常に体外とつながっているし、けがをすれば体内から血が溢れ出す。どんなに健康であっても常にこのダメージの危険性を消し去ることはできないのだ。

 このことは「健康な身体」の持ち主である日胡の「けが」がうまく伝えてくれているだろう。日胡はあるけがが原因でバイ菌が体内に侵入し、重篤な病気に襲われる。健康体であったがゆえに防ぎようのないこの悲劇は、一連のシーンの深刻さを強調するだろう。

 やがて茂の血が輸血されることで日胡は事なきを得るが、この「細胞の共有」によって健康な身体/不摂生な身体の二項対立は崩壊する。「明瞭なコントラスト」が根幹にあったこの物語は、最終的に対立構造の消滅によって幕を閉じるのだ。

 このことは、Fukase演じる“最強の敵”の存在によっても示されるだろう。詳細は伏せるが、要するにこの敵は「体内細胞」と「バイ菌」の対立構造を破壊する脅威である。このような物語展開のひねりによる、単純な勧善懲悪にとどまらない深みが『はたらく細胞』をここまでのヒット作として成立させているのだろう。

 しかしこんなことを考えなくとも、対立構造の崩壊というモチーフはじつは「最初から」示唆されていたのかもしれない。原作コミックス第1巻の表紙にしても、実写映画版のビジュアルにしても、いずれにも描かれているのは「赤血球のほうが白血球より前にいる」構図だからだ。つまりこの時点で「最初からすでに」前線/後方の対比は崩壊しかけている。

 体内/体外の境界線の崩壊は悲劇にもなれば、それによって救われる命もある。『はたらく細胞』はこうしたコントラストの生成と崩壊を繰り返すことで、勧善懲悪の容易さと不可能性を両立させた画期作である。

■公開情報
『はたらく細胞』
全国公開中
出演:永野芽郁、佐藤健、芦田愛菜、山本耕史、仲里依紗、松本若菜、染谷将太、板垣李光人、加藤諒、加藤清史郎、マイカピュ、深田恭子、片岡愛之助、新納慎也、小沢真珠、Fukase(SEKAI NO OWARI)、阿部サダヲ
原作:清水茜『はたらく細胞』(講談社『月刊少年シリウス』所載)、原田重光・初嘉屋一生・清水茜『はたらく細胞BLACK』(講談社『モーニング』所載)
監督:武内英樹
脚本:徳永友一
音楽:Face 2 fAKE
主題歌:Official髭男dism「50%」(IRORI Records/PONY CANYON Inc.)
配給:ワーナー・ブラザース映画
©清水茜/講談社 ©原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社 ©2024映画「はたらく細胞」製作委員会
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公式サイト:saibou-movie.com
公式X(旧Twitter):@saibou_movie

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