伊藤沙莉こそ真の国民的俳優である 『虎に翼』で生き続けた、社会が求めたヒロイン像

『虎に翼』伊藤沙莉こそ真の国民的俳優だ

 さて、いよいよ最終回を迎える『虎に翼』で伊藤が演じてきたのはご存知、ヒロインの寅子だ。男性ばかりの法曹の世界に足を踏み入れ、戦争や愛する人たちとの別れを経験しながら、つねに弱い立場にある者、いやもっというと、すべての他者を尊重してきた。ここまで伊藤が体現してきたのは、寅子が寅子自身の人生を掴み取ること、そして自分と同じように他者の人生を尊重することだったと思う。この生き様は、異なる時代を生きる私たち視聴者にも多くの気づきを与えてくれるものだったのではないだろうか。寅子たちの生きる時代のことを私は身をもって知っているわけではないが、この現代だってつねに激動の時代だ。いつ自分の人生が他者に奪われてしまうか分からないし、いつ自分が思いがけず他者の人生を奪ってしまうことになるかも分からない。私たちは絶えず揺らいでいる。“伊藤沙莉=寅子”も、ずっと揺らぎ続けてきた。

 若き日の寅子はあらゆる物事に好奇心旺盛で、快活な女性だった。そしてそれは裁判官となったいまも変わらない。いつだって彼女は明るく陽気だ。それでいて、他者に向き合う際の深度は年齢を重ねるごとに変わってきた。軽やかだった伊藤のセリフ回しはしだいに重みが増し、それは一つひとつのセリフ=言葉の重みに強く影響している。加齢を表現するメイクはしているものの、正直なところその見た目はほとんど変わらない。にもかかわらず、一挙手一投足やセリフの発し方には、あきらかな変化が認められる。セリフを発する際の呼気の量が違うように感じるのだが、どうだろうか。画面にハッキリとは映らないが、呼吸のリズムが変わっているように感じるのだ。

『虎に翼』メイクに依存しない伊藤沙莉の“加齢”の表現 “老い”の名演は近年の朝ドラでも

NHK連続テレビ小説『虎に翼』のヒロイン・寅子(伊藤沙莉)は、東京家庭裁判所少年部部長にまで出世し、年齢は50代後半に。義理の息…

 私たち視聴者は寅子とともに、命や結婚制度、ジェンダーギャップなどをはじめとする、さまざまな問題に向き合ってきた。いずれも現代社会においても変わらず横たわっているものたちだ。寅子はどこにでもいる少女から、法曹の世界の権力者へ。その過程で、あらゆる人々の声に触れてきた。そこで寅子が返す言葉は、決して唯一解ではないだろう。生きている環境が異なれば、上げる声も返す言葉も変わってくる。大切なのは、まずは知ること。そして想像し、思考することだ。自分の心と頭で。これは時代が変わっても、他者と共生しなければならない社会において変わらず必要とされるものではないだろうか。

 誰かとの関係というものは、会えなくなったからといって終わるものではないと思う。寅子が関わってきたすべてのキャラクターが彼女の中に息づいているのを感じているのは、きっと私だけではないだろう。“伊藤沙莉=寅子”とは、いま求められる、いや、時代が、この社会が、つねに求め続けていたヒロインなのではないだろうか。ドラマが終わっても、彼女たちは永遠に生き続ける。私たちが他者との関係をあきらめないかぎり。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『虎に翼』
総合:毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、(再放送)毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜8:15〜9:30
BS4K:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
出演:伊藤沙莉、岡田将生、石田ゆり子、森田望智、土居志央梨、ハ・ヨンス、戸塚純貴、高橋努、平埜生成、塚地武雅、趙珉和、三山凌輝、川床明日香、円井わん、青山凌大、今井悠貴、菊池和澄、井上祐貴、尾碕真花、池田朱那、平田満、余貴美子、沢村一樹、滝藤賢一、松山ケンイチ
作:吉田恵里香
語り:尾野真千子
音楽:森優太
主題歌:米津玄師「さよーならまたいつか!」
法律考証:村上一博
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:石澤かおる
取材:清永聡
演出:梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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