『トゥルー・ディテクティブ』はピークTVにおける重要な1本に 名優たちによる複雑な刑事像
「口の中で嫌な味がする。アルミニウムや灰の味。精神圏が匂うんだ」。やつれきったマシュー・マコノヒーがこの奇妙なセリフを放った瞬間、『TRUE DETECTIVE/トゥルー・ディテクティブ』はピークTVにおける重要な1本となった。後に登場人物も舞台設定も異なるアンソロジーとして継続し、今年ジョディ・フォスターを主演に迎えた最新シーズン『ナイト・カントリー』がリリースされた刑事ドラマシリーズの始まりだ。シーズン1が受賞した第66回エミー賞のノミネーションリストを見渡しても、2013〜2014年がテレビシリーズにとって地殻変動的な年だったことがよくわかる。『ブレイキング・バッド』が作品賞を受賞して有終の美を飾った一方、Netflixがデヴィッド・フィンチャーによる『ハウス・オブ・カード 野望の階段』で初めてノミネートされ、ノア・ホーリーの『FARGO/ファーゴ』がスタートし、そして『ゲーム・オブ・スローンズ』の人気がいよいよ爆発する前夜だった。
『トゥルー・ディテクティブ』シーズン1はルイジアナ州を舞台に、1995年と2012年の2つの時間軸を横断していく。田園地帯で鹿の角をかぶった変死体が発見される。周囲には小枝で作られた奇妙なオブジェと、遺体には渦巻きの模様。どうやら儀式殺人のようだ。捜査にあたるのは叩き上げの刑事マーティン・ハート(ウディ・ハレルソン)と、同僚から“税務署職員”と揶揄される風変わりな刑事ラスト・コール(マシュー・マコノヒー)。テレビシリーズは幾度も不気味な猟奇殺人を描いてきたが、『トゥルー・ディテクティブ』の真の魅力は名優たちによる複雑な刑事像にある。
マコノヒーは前年にあたる2013年、実在したエイズ患者を演じた『ダラス・バイヤーズクラブ』でアカデミー主演男優賞に輝いたばかり。役作りのため大幅に減量した痩身を本作に持ち込んだ。ラスト・コールは全てに疲れ切ったような厭世観を湛え、事あるごとに人間の実存や宇宙の存在を語って視聴者を煙に巻いていく。マコノヒーのテキサス訛りは哲学的なダイアローグに詩心を与え、物語を謎めかせる。オスカー受賞作よりも、鬼気迫る本作こそ彼の最高作という声は少なくない。片や相棒マーティン・ハートに扮したウディ・ハレルソンは名バイプレーヤーたる仕事ぶりだ。ハートは熟練した刑事だが怠惰でもあり、良き家庭人でいながら若い愛人との情事に溺れ、しかし自分の娘と変わらない年頃の少女が被害者となれば義憤を隠せない。複雑で曖昧な人格の創造は今でこそ改めて観るべきものが多いだろう。『トゥルー・ディテクティブ』シリーズはモラルの境界でもがく刑事たちを性格俳優が演じ、キャリアを更新する場となっていく。シーズン2ではコリン・ファレルを筆頭に、柔和なイメージの強いレイチェル・マクアダムスがハードボイルドな演技を見せ、テイラー・キッチュが凄味を利かせた。シーズン3では『ムーンライト』『グリーンブック』で2度のオスカーに輝いたマハーシャラ・アリが3つの年代をシームレスに演じ分け、さすがの名演である。
昨今では珍しくない映画作家による全エピソードの監督も、シーズン1のオンエア時は大きな話題を集めた。メガホンを取ったのは、当時『闇の列車、光の旅』や『ジェーン・エア』などで俊英として注目を集めていたキャリー・ジョージ・フクナガ。『トゥルー・ディテクティブ』にはリミテッドシリーズならではの然るべき語りのペースが備わっている。事件は遅々として進まず、1つの手がかりを見つければ謎はさらに深まっていく。ルイジアナの湿地帯は何かを隠すかのように草木が生い茂り、煙を上げる巨大工場の遠景は蠢く巨悪の暗示だ。南部の湿気ったランドスケープを捉え続けた本作は、第4話で大胆に視聴者の度肝を抜く。ラスト・コールが重要参考人を捕らえ、ギャングひしめく町の1区画を突っ切るアクションシーンを約6分間に渡るノーカットで見せ切ったのだ(何度も唸り声を上げ、“アクターズハイ”状態に陥ったマコノヒーはこの瞬間、キャリアのピークに達している)。以後、殺気みなぎるアクションシークエンスはシリーズ名物として恒例化していく。