『のび太の地球交響楽』に込められた音楽への思い “優しい”作品だからこその気になる点も

『のび太の地球交響楽』優しい作品だからこそ

 だが、刺さったからといって本作を手放しで誉めているわけではない。出だしに「ものすごく優しい人たちが作ったと感じた」と書いたが、それは必ずしも作品に対する褒め言葉とはいえない。

 本作に登場するヴィランは「ノイズ」と呼ばれる生命体。とりつかれると雑音が出たり、エネルギーを吸収されたりする。アメーバのような形状をしていて細胞分裂速度が速い。弱点は音楽で、音楽が鳴っている間は活動を潜めているが、一瞬でも音楽がなくなったら活発化する厄介なものだ。

 ドラえもんたちのミッションは、音楽を奏でることでファーレを蘇らせ、ノイズの増殖を止め、音楽のある世界を取り戻すこと。さらに、のび太の音楽嫌いを克服させて音楽の楽しさを身をもって理解してもらう必要もある。というのも、音楽とはハーモニーを重んじるため、交響曲を奏でるにはのび太の協力が不可欠だからだ。

 ヴィランもテーマもドラえもんたちのミッションも明確ではあるが、ヴィランのモチベーションが弱く、また音楽が消えた後の悲惨さにそこまでのインパクトがないため、物語がぼやけて見えた。それはおそらく、決定的な悪者を登場させたくない作り手の葛藤の表れではないだろうか。

 また、パンデミックで外出できなくなった子どもが音楽を通してクラスメイトと繋っている様子を見て心を動かされた今井監督の経験が本作を作るきっかけになったことからも、物語全体に応援や慈しみ、希望、肯定といったポジティブな感情があったと推測される。それが「ノイズ」という、ヴィランとしてのモチベーションが低い生命体に反映されていると考えられる。その善悪をはっきりさせないスタンスが物語の緩急を減らし、全体的に綺麗で穏やかな音楽啓蒙映画にしてしまった印象は拭えない。

 それが悪いわけではないが、もう少しスリルやアドベンチャーを感じさせてくれる起承転結のハッキリしたストーリーのほうがわかりやすかったかもしれない。

 子どもたちに音楽の楽しさを伝えたい、その偉大さに敬意を表したいという監督の意図や目的はしっかり遂行されているし、誰も傷つけず美しい物語は保護者が子どもに安心して観せられる作品としては優秀だ。ただ、欲を言うならもう少しハラハラドキドキさせてほしかった。そう展開できる箇所があっただけにもったいなさを感じてしまった。とても良い作品なだけに。

■公開情報
『映画ドラえもん のび太の地球交響楽』
全国公開中
原作:藤子・F・不二雄
監督:今井一暁
脚本:内海照子
キャスト:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一、平野莉亜菜、菊池こころ、チョー、田村睦心、芳根京子
主題歌:Vaundy「タイムパラドックス」(SDR)
配給:東宝
©︎藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2024
公式サイト: https://doraeiga.com/2024/

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