『バービー』はなぜ大衆の支持を獲得したのか 21世紀のアニメーションと共通する要素も

『バービー』が大衆の支持を獲得した理由

2023年全米No.1に輝くグレタ・ガーウィグの新作

 マーゴット・ロビーが世界的に有名な女の子向け着せ替え人形を演じたグレタ・ガーウィグ監督の『バービー』(2023年)が、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(2023年)の北米興行収入を抜いて、現時点で2023年のアメリカで最大のヒット作になる見込みだという。全世界興収も公開わずか1カ月あまりで12億8200万ドルに達しており、映画の世界歴代興行収入ランキングでも、すでに『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(2023年)を抜き、13位に付けている。いったいこの映画のどのあたりが、そこまで大衆の支持を獲得しているのだろうか。

 本作の物語は、――とりわけ日本では、いわゆる「バーベンハイマー」絡みの炎上騒動とも合わさって――きわめて「政治的」に受容されやすいように作られており、実際に本作についての多くのレビューはその論点について触れているだろう。すなわち、かつてウーマンリブの時代に登場した新たな少女向け人形のイメージに仮託した、21世紀における女性たちのエンパワーメントの物語という見立てである。

 「バービーランド」で暮らす主人公のバービー人形、バービー(マーゴット・ロビー)は、無数のバービーたちと毎日、享楽的な放蕩生活を繰り返している。ところがある時、アイデンティティ・クライシスに陥り、「自分探し」の旅に出るため、ボーイフレンドのケン(ライアン・ゴズリング)とともに人間のいる現実世界に入り込む。バービーは、自分の持ち主である母娘と出会い、自分がずっと自負していた女の子たちからの理想像がそれ自体お仕着せで移り変わりの激しいステレオタイプでしかないことに気づきショックを受ける。一方のケンは、人間たちの現実世界が男性優位の家父長制的イデオロギーに満ちていることを知り、バービーランドに戻ると、そこを男性優位の「ケンダム」(ケンの王国)に作り替えてしまう。だが、人間の母娘とバービーたちが一致団結して、ケンたちのホモソーシャルなコミュニティや規範を内部崩壊に追い込む作戦を決行することで再び女性主体のバービーランドを取り戻すことに成功。そして、バービー人形の考案者であるマテル社のルース・ハンドラー(リー・パールマン)との魂の対話を通じて、「バーバラ・ハンドラー」と名乗る人間として人間世界で生きていくことを決意する。

ポスト「#MeToo映画」としての『バービー』?

 以上のような物語に添えて、『バービー』では、バービーが対面する中年・老人ばかりで性差別意識丸出しのマテル社のCEO(ウィル・フェレル)を筆頭とする男性経営陣たち、『ゴッドファーザー』(1972年)などのマッチョでホモソーシャルな映画のインサート、そして彼ら人間(の男性)に感化され、マンスプレイニングをはじめとするあれこれのハラスメントをバービーたちに仕掛けてくるケンたち……というように、男性による保守的なジェンダー規範の描写があちこちにちりばめられる。

 また他方で、そのように総じて家父長制的なイデオロギーに染まっていくケンたち男性の中でも、唯一、バービーたちに同行する男アラン(マイケル・セラ)がいたり、また、人間のグロリア(アメリカ・フェレーラ)、サーシャ(アリアナ・グリーンブラット)の母娘をはじめ、バービーたちやケンたちの中にも白人以外のアジア系やアフリカ系、またハリ・ネフの演じるトランスウーマンなどのマイノリティが周到に配されたりと、「多様性」にも十分に配慮されている。

 もっとも、作家論的にこの映画を眺めれば、やや社会性の欠如した、風変わりな女の子がアイデンティティクライシスに陥り自分探しを始めるという本作のモティーフは、監督デビュー作『レディ・バード』(2017年)や前作『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)などガーウィグ映画に一貫する特徴でもある。また、そんな年頃の女の子たちが同年代の友人たちと俗っぽい下ネタを口にしあう自然体の仕種などは、これも、『レディ・バード』や、あるいはノア・バームバック監督『フランシス・ハ』(2012年)で彼女自身が俳優として演じた役柄のように、ガーウィグが参加した「マンブルコア運動」の作品から共通していた要素だと言えるだろう。

 ともあれ、このように本作の物語は、「#MeToo」以降のアメリカ映画の一つの「模範解答」としてはふさわしいものだろう。後半のケンたちが体現する、いわゆる「有害な男性らしさ(toxic masculinity)」――物語の終盤で、ケンはバービーに「男は泣いちゃいけないんだ」という旨のことを口にする――、あるいはその裏返しとしての中年男性の脆弱さ(vulnerability)の主題は、ジェーン・カンピオン監督『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021年)などをはじめ、2010年代以降のアメリカ映画の重要な側面を担ってきた。その点では、中年男性特有の愚かさと脆弱さを絶妙に体現するライアン・ゴズリングの表情と演技は、ハマっていて良かった。

 バービーという最強のフェミニズムアイコンを使った「家父長制的規範、あるいはジェンダー的なステレオタイプから脱却する女性たちのエンパワーメントの物語」――その企図を評価するのであれ疑問を呈するのであれ、『バービー』の批評の主要な争点として、以上の今日においてアクチュアルな要素があることは間違いないだろう。

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