『全修。』の奇想天外な世界観から目が離せない アニメーターの“全修力”を描く異質な試み

アニメーターにとって禁忌の言葉をタイトルにしたTVアニメが始まった。その名も『全修。』という作品で描かれるのは、若くして監督となったアニメーターの広瀬ナツ子が、上がってくる原画に全面修正を告げるという、アニメ業界の人にとっては胃に穴が空きそうなシチュエーションからスタート。制作現場を振り回しながらも妥協を許さない天才の苦闘を描いた業界ものかと思いきや、奇想天外な展開へと向かって世界そのものを“全修”しようとする主人公の戦いが始まり、観る人を驚嘆させる。
天才アニメーターとして頭角を現し、22歳にしてアニメ映画の監督に抜擢された広瀬ナツ子。ところが、設計図となるナツ子のコンテがいつまでたっても上がらず、制作進行もアニメーターも苛立ちを募らせていた。コンテがなければレイアウトを作ったり演出プランを立てたり作画の要点を説明する打ち合わせを行ったりといった作業に進めないからだ。
自分の監督作品なら、すべてを自分の思い通りにしたいと思うのはクリエイターとして当然だ。パーカーから長い髪の毛を垂らしてコンテ用紙に向かうナツ子の悩む姿に、同じようにコンテで悩んだ経験を持つクリエイターは共感を覚えたかもしれない。
とはいえ、コンテが上がらず制作に入れず映画が公開できなければ元も子もない。切羽詰まった状況であるにも関わらず、予告映像用に描かれた原画に「全修」と言って突っ返さず、自分で描くと言ってしまうから周囲の視線も厳しさを増す。アニメシリーズ『SHIROBAKO』でも描かれた制作現場の苦闘が思い出される展開だ。
アニメ制作の苦闘を描く方向には進まない斬新さ
そうした環境でもへこたれず作画机に向かい続けたナツ子はある意味、アニメーターの鏡なのかもしれない。古いハマグリ弁当にあたって意識を失ったときも、作画用紙を固定するタップをしっかり手に握ったまま倒れるという、アニメの教科書に偉人伝として掲載されそうな動作もしっかりと見せたほどだ。その後、ナツ子を失った現場がどれだけの混乱を来したかが気になるが、『全修。』という作品は『SHIROBAKO』や『アニメーション制作進行くろみちゃん』のような、アニメ制作の苦闘を描く方向には進まない。
異世界転生。目覚めるとナツ子は砂漠の真ん中にいて、そこでモンスターに襲われたところを、大好きだったアニメ映画『滅びゆく物語』に登場するルーク・ブレイブハートやユニオ、メルルン、QJといったキャラクターたちによって救われる。顔面を長い髪の毛で隠していたナツ子は人間とは思われず、ルークたちには放っておかれたが、そこでハタと気付いた。もしもここが『滅びゆく物語』の世界なら、次に大変な事態が起こることに。
ゲームの世界の悪役令嬢に転生したゲーマーが、悲惨な運命を辿ることがないように、懸命に破滅フラグを避けて生きようとする『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(以下、『はめふら』)にも重なるシチュエーション。ナツ子は街を襲うモンスター群に立ち向かっていくルークたちに待ち受けている破滅フラグを回避するために走り出す。そこで起こす奇跡の描写が実にユニークで、だから『全修。』なのかと思い知らされる。
その奇跡とは、アニメーターというナツ子の特技を生かし、世界そのものを描き変えてしまうものだった。タップが光り、作画机が現れ作画用紙が置かれる。ナツ子はそこに向かい、ひたすら鉛筆を走らせ芯が丸まれば電動シャープナー(鉛筆削り器)に突っ込んで尖らせ続きを描く。
アニメーターの作画作業の様子を早送りで見せられているようなそのシーンだけなら、実写映画『ハケンアニメ』で中村倫也が演じた王子千晴が、部屋にこもってコンテを描き続けるシーンや、『ルックバック』で藤野が机に向かって漫画を描き続けるシーンに重なる凄みがある。クリエイターのもの作りに対する集中力の凄まじさを目の当たりにできる。