映画監督が手がけた珠玉の韓国サスペンス Netflixで観られるオススメドラマ3選
『ナルコの神』
平凡な自動車整備工場経営者カン・イング(ハ・ジョンウ)は、妻と二人の子供を抱えて働きづめの日々に疲弊し、一攫千金を目論み旧友のウンス(ヒョン・ボンシク)と、エイを食べずに捨てる南米のスリナムから魚のエイをただで仕入れ、エイを好んで食べる韓国で売り荒稼ぎしようと決意。妻の反対を押し切りスリナムへ向かう。しかし、地元マフィアから“みかじめ料”をせびられるなど苦労が絶えず、困り果てた二人だったが、偶然知り合った“スリナムの総督”と呼ばれる韓国人牧師ヨハン(ファン・ジョンミン)に事態の解決を頼む。しかしこのことがきっかけで、イングは予想もしなかった麻薬ビジネスに巻き込まれていく。
ヨハンのモデルは、1990年代末〜2000年代初頭にかけてスリナムで暗躍した、実在の麻薬王チョ・ボンヘン。彼の顧客は政府高官にまで及ぶなど、一大勢力を築いた希代の悪人だ。
チョ・ボンヘンと実際に接触した実業家のモデルがおり、スリナムも実在する国家だ。リアリティに満ちた本作は、スリナム政府が「名誉を傷つけた」として製作会社と韓国政府へ苦言を呈するなど、いわくがついてしまった。それほどまでに虚実皮膜の余白を埋めるユン・ジョンビン監督の手腕が冴えていたと言える。
たしかにユン・ジョンビン監督のフィルモグラフィを紐解くと、実際の事件や出来事をモチーフに独自の表現でクロニクルを作り上げるスキルに長けている。釜山を牛耳るアウトローたちの興隆と滅亡を描く『悪いやつら』(2012年)や、工作員として北へ潜入するも分断国家に翻弄されてゆく男の顛末をたどる『工作 黒金星と呼ばれた男』(2018年)など、裏社会での暴力や犯罪、影の仕事をめぐる人間心理と関係性を深く掘り下げつつ感傷を抑えて描く手法は、『グッドフェローズ』(1990年)などのマーティン・スコセッシ監督を彷彿とさせる。「スリナムという国をあなたは知らないだろう……信じられないだろうが、すべては俺が体験したことだ。話の真偽を疑う人もいるだろう。だが、最後まで聞いてほしい」というカン・イングの独白から始まるオープニングからしても、このドラマはそうしたスコセッシ的タッチでつづる、アウトローの葛藤と軋轢、絆と裏切りをめぐる男の一代記なのだ。
『ナルコの神』は、敬虔なカトリック信者で“伝統的な良妻賢母”のイメージに則ったイングの妻や、そもそも女性キャラクターが排除されている点などに、演出の古さを指摘されてもいる。そして、インタビューによれば本人も自覚的ではある。(※2)かといって、ユン・ジョンビン監督の描く男性キャラクターは、せせこましいやり口で一発当てようとしたイングしかり、下卑た聖職者ヨハンしかり、特段に男性的魅力にあふれているわけではない。しかしみっともない俗物漢で人間臭いからこそ、心底魅入ってしまう。
また、ユン・ジョンビン監督には厭世観の強い後味を持つ作品が多かったが、本作はアイロニーを保ちながらも穏やかな家族愛に着地していき、新境地もうかがわせる。
Netflixオリジナルドラマは、地上波のレイティングではなかなか表現しづらいバイオレンスな題材や、きわどい悪口を取り入れたセリフなどが使えるため、剥き出しの描写で力強い作品を作り上げてきた韓国映画界にとっては格好のフィールドに違いない。世界最大の映画大国と呼ばれた韓国も、コロナ禍以降はブロックバスター作品の興行不振が相次ぎ、映画鑑賞料金も値上がりするなど、映画制作と公開の現状は日に日に厳しくなるばかりだ。長いランニングタイムの映画を撮り、公開するのはハイリスクなのかもしれない。ゆえに今後、作り手が精魂込めて練り上げた映画の脚本と演出プランで10話程度の短編ドラマを描けるドラマシリーズの世界は、ニューフロンティアとして一層自由な地平が開けていくのかもしれない。
参照
※1. https://www.nikkei.com/article/DGKKZO21062270T10C17A9BE0P00/
※2. https://n.news.naver.com/entertain/article/109/0004699148
■配信情報
『地獄が呼んでいる』
Netflixにて独占配信中
出演:ユ・アイン、キム・ヒョンジュ、パク・ジョンミン
原作・制作:ヨン・サンホ、チェ・ギュソク
『静かなる海』
Netflixにて独占配信中
出演:ペ・ドゥナ、コン・ユ、イ・ジュン
原作・制作:パク・ウンギョ、チェ・ハンヨン
『ナルコの神』
Netflixにて独占配信中
出演:ハ・ジョンウ、ファン・ジョンミン、パク・ヘス
原作・制作:ユン・ジョンビン、クォン・ソンフィ