映画監督が手がけた珠玉の韓国サスペンス Netflixで観られるオススメドラマ3選

Netflixの韓国サスペンスドラマ3選

 日本の第一次韓流ブームから、今年で20年。動画配信サービスが全盛期を迎えるとともに、韓国ドラマは日本のみならず世界的潮流となった。ワールドワイドな飛躍の一因となったのは、配信プラットフォームの代表格・Netflixが手がけるオリジナルドラマシリーズであろう。以前はドラマと映画で棲み分けが多かった制作者と俳優陣だが、Netflixのオリジナルドラマは多くのプロデューサーが映画監督出身であり、演出技法も映画に近いことから、エンターテイナーたちは自由闊達にスクリーンを飛び越えている。今回は、韓国の映画監督たちがNetflixで手がけたサスペンスドラマをピックアップした。

『地獄が呼んでいる』

『地獄が呼んでいる』Netflixにて配信中

 ソウルの繁華街で白昼堂々、男性が得体の知れない三体の化け物に襲われ、焼け焦げた死体になり果てる怪現象からドラマは始まる。巷では新興宗教団体・新真理会が旋風を巻き起こし、誰もが若き教祖チョン・ジンス(ユ・アイン)のカリスマ性に心酔していた。ジンスは一連の現象を、神の意志を受けた“天使”が罪人に地獄行きの“告知”を与え、その時が訪れると“地獄の使者”により焼き殺されるのだと説く。

 アニメーション監督出身のヨン・サンホ監督が執筆したウェブトゥーン『地獄』を原作とする本作は、前半と後半でストーリーが分かれている。前半は、“地獄の使者”を神の裁きと扇動する新真理会に疑いの目を向けるチン刑事(ヤン・イクチュン)とその一人娘ヒジョン(イ・レ)の葛藤、ジンスの生い立ちを語る第3話までで、後半はテレビ局プロデューサーのぺ・ヨンジェ(パク・ジョンミン)が、生まれたばかりの我が子が“告知”を受けたと知り岐路に立たされるラスト第6話までだ。

『地獄が呼んでいる』Netflixにて配信中

 『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)以来、ヨン・サンホ監督はアニメーションよりも実写作品を積極的に撮り続けている。アプローチが変わってもヨン・サンホ監督が一貫して描いているのは、人間の邪悪さだ。『地獄が呼んでいる』でも、新真理会の狂信的な信徒「矢じり」の殺人も辞さない過剰な他罰主義や集団の暴力性、矢じりの私刑活動をあおるネットユーザーが持つ承認欲求など、現在進行形で世界に蔓延る悪意がちりばめられている。

 ヨン・サンホ監督にとって、人間の住む世界は中に悪徳が詰まったパンドラの箱だ。一方でパンドラの箱の最後に希望が残されたように、彼の作品には家族愛という救いがある。以前インタビューで「社会の最小単位が家族。家族の間で起きていることは、広く社会の問題でもある。小さく個人的な感情であっても、それによって大きな表現ができる」と語っていた。(※1)『地獄が呼んでいる』は、前半後半で全く異なる家族のストーリーが紡がれるが、いずれにも切実な抱擁の瞬間が訪れる。複雑でわずらわしく、しかし愛おしく離れ難い家族という共同体がいつの時代もあるからこそ、ヨン・サンホ監督はディストピアたる現世を描きながらも希望を忘れないのだ。

『静かなる海』

『静かなる海』Netflixにて配信中

 『静かなる海』は、水を始め人類の必須資源が枯渇し、全ての生命体の生存が脅かされる未来の地球が舞台だ。大韓民国宇宙航空局は人類が生存する手立てを求め月面探査を計画する。宇宙生物学者ソン・ジアン(ペ・ドゥナ)をはじめ、探査隊長ハン・ユンジェ(コン・ユ)、首席エンジニアのリュ・テソク(イ・ジュン)、チームドクターであるホン・ガヨン(キム・ソニョン)らが選抜され、5年前に事故で閉鎖された月探査の拠点・パレ基地へ赴く。任務は基地内に残っているサンプルを回収して地球に帰還する重大ながら単純なものだったが、宇宙船が着陸に失敗。間一髪で逃げ出すも、宇宙船は崖下へ転落してしまい、彼らは基地に取り残されてしまう。さらに、パレ基地の中には謎の死体が散乱していた。

 本作は韓国のドラマシリーズ作品としては初めて、宇宙を題材にしている。韓国ではまだ月面探査に成功した事例はなく、それゆえかSFをテーマにした映像作品も少ない。しかし近年ではソン・ジュンギ&キム・テリ主演のスペースオペラ『スペース・スウィーパーズ』(2020年)や、ソル・ギョングとド・ギョンス(EXOのD.O.)による有人月面探査がテーマの『ザ・ムーン』がまもなく韓国で公開されるなど、ジャンルのアップデートが活発になっている。

『静かなる海』Netflixにて配信中

 月面や宇宙船、パレ基地のセットからVFXまで2年にわたるプリプロダクションと1年余りの後半作業で磨きをかけた緻密なプロダクションデザイン、精巧でリアルな宇宙服、宇宙空間のような特殊な環境でも使える未来型銃など、ディテールとギミックに細心の注意が払われた小道具や空間設計は、モニターでの鑑賞が惜しいほどの出来栄えだ。パレ基地の内装も、丈夫で重く見える素材の質感を利用し、秘密に包まれている巨大な要塞に見えるよう、ブルースクリーンを最小化してセットの床、壁、天井まで作ったそうだ。また、キーポイントとなる月の水の描写も神経が行き届いている。あふれ出したり、したたり落ちたり、吹き出したりする様子はまるで生身の演者のように感情の入った動きで、忘れがたいシーンを作っている。

 『静かなる海』は、新人監督発掘の場として名高いミジャンセン短編映画祭に出品され、批評家から称賛された同名の短編映画を原作とし、ポン・ジュノ監督『母なる証明』(2009年)の脚本で筆力を証明したパク・ウンギョが務めた。見ごたえのある視覚的表現に比べて、科学的な表現の正確性で評価が分かれたものの、現実社会を反映したストーリーラインにも観るべきものが多い。今回の月面探査計画の裏には、国家権力の深い闇が隠されていた。国家の横暴や水のあふれる場で起きる悲劇にはセウォル号事故の痛ましさも想起させる。いかにテクノロジーが発達しようと、権力による暴力や排除は、前時代をトレースするように凡庸な形で現れる。このスペースドラマは、そうした告発もはらんでいるのかもしれない。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる