『惡の華』ドラマ版で際立つ普遍性 井頭愛海演じる佐伯奈々子が“裏主人公”に

『惡の華』(テレ東系)の中学生編が第8話で終了した。
本作は、少年少女の思春期の鬱屈と絶望を描いた暗黒青春ドラマ。
退屈な田舎町で暮らす春日高男(鈴木福)は、本を読むことが好きな内気な中学生。ある日、春日は密かに憧れを抱いていた佐伯奈々子(井頭愛海)の体操着を盗んでしまい、その姿を仲村佐和(あの)に見られてしまう。

仲村は、体操着を盗んだことをバラされたくなければ私と契約しろと春日を脅迫。仲村は春日に無理難題を押し付け、春日を苦しめるのだが、やがて春日は仲村の抱える孤独や苛立ちに同調するようになり、彼女の求める「向こう側」の世界を田舎町に作りだそうと考え、変態的行動を繰り返すようになる。
原作の『惡の華』(講談社)は、押見修造が2009年から2014年にかけて『別冊少年マガジン』(講談社)で連載していた暗黒青春漫画だ。
連載終了から10年以上過ぎたが、作品の魅力はいまだ色褪せておらず、むしろ時間を経たことで、原作漫画の中にあった普遍性が鮮明になったように感じる。だからこそドラマ化されたのだろう。
第1話冒頭、「この物語を 今 思春期に苛まれているすべての少年少女へ そして 思春期に苛まれた かつての少年少女たちへ捧げます」という文章が表示される。
このテロップは、原作コミックスのそで(表紙カバーの折り返し部分)に書かれている「この漫画を、今、思春期に苛まれているすべての少年少女、かつて思春期に苛まれたすべてのかつての少年少女へ捧げます」という序文をドラマ向けにアレンジしたものだ。この文を読むと、この物語が現在と過去のすべての少年少女に向けて描かれた物語だということがよく理解できる。この少年少女とは読者や視聴者のことであると同時に、劇中に登場する大人たちにも当てはまる。

本作が青春ドラマとして今も古びていないのは、春日や仲村の抱える鬱屈を両親の責任にしていないことが大きいだろう。
特に春日の両親は客観的に見ても、理解のある優しい家族として描かれている。
春日が読書を好きになるきっかけとなったシャルル・ボードレールの詩集『惡の華』を買い与えたのも父親だった。おそらく彼も思春期に鬱屈した内面を抱えていたのだろう。その意味で、本作が描く思春期の鬱屈は、少年少女が一度は通る「あるあるネタ」として描かれており、だからこそ序盤のトーンはコミカルだった。

だが、仲村の鬱屈だけは、思春期の「あるあるネタ」を超えた理解しがたいものだ。だからこそ、仲村に惹かれた春日の変態的行動はどんどんエスカレートしていく。
物語のトーンが大きく変わるのは、第3話終盤。春日と仲村は、変質者の犯行に偽装して、教室中に絵の具や墨汁をぶちまけ、グチャグチャにする。そのグチャグチャになった教室で寝転ぶ春日と仲村の姿を真上から捉えた見開きのカットが、原作漫画では見せ場として描かれていたが、ドラマの第3話では、このシーンと真上から捉えたカットが原作どおりに再現されており、原作漫画を忠実に再現したいという作り手の気迫が伝わってくる。




















