野球ファンは今すぐ劇場へ 『憧れを超えた侍たち』に刻まれた漫画を超えたエンディング

野球ファンは観るべき『憧れを超えた侍たち』

 2023年3月、日本を熱狂の渦に包んだ、ワールドベースボールクラシック(以下WBC)。劇場公開中の『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』は、野球日本代表チーム「侍ジャパントップチーム」が優勝するまでの軌跡をたどったドキュメンタリーだ。

 結論から言えば、このドキュメンタリーはWBCで感動した人はもちろん、野球に少しでも関心がある人なら観て損はない。いや観るべきだろう。優勝したのだから、あの興奮と感動を劇場の大きなスクリーンで追体験するのは気分がいい。だけど、それだけじゃない価値がこのドキュメンタリーにはある。

 2023年のWBCの主人公は、誰がなんと言おうと大谷翔平選手だ。空前絶後の二刀流、正真正銘のスーパースター。ホームランも放ったし、先発としても勝ち星を挙げた。ベンチではいつもチームメイトを鼓舞し、誰かが結果を出せば「さすがや!」と声を張り上げる。タイトルの「憧れを超える」という言葉を発したのも大谷選手である。もちろん、本作にも大谷選手の名場面は多い。しかし、序盤から圧倒的な熱量で画面を支配するのは、栗山英樹監督である。

 本作は栗山監督に侍ジャパンの監督に就任した2021年12月から始まる。WBCの試合ではグラウンドで戦う選手を表に立てて、ベンチでひっそり佇んでいたように見えた栗山監督だが、繰り返し行われた代表選手の選考会議では力強い発言を繰り返した。

 栗山監督が目指すのはメジャーリーガーを交えたドリームチーム。現実的には難しいのではないかと言われても「俺は呼びたい」「理想を追い求めたい」と言い切る。選手の来日時期についてMLBとの交渉が難航しても一歩も退かない。「世界一になるためのチームを作る」ために妥協をしない栗山監督の言動の数々は、居合わせたコーチが思わず「熱い」と漏らすほど。

 栗山監督が大事にしていたのは言葉だ。選手たちとのミーティングで一切言い淀まない、不明瞭な言葉がまったくないことからもそのことがよくわかる。優勝決定後、選手たちから胴上げされる歓喜の瞬間に「世界最高の男たち、ありがとう!」と抜群の言葉を叫ぶことができる指揮官がどれほどいるだろうか。

 はっきりしたビジョンを持ち、「夢」「理想」「魂」「勝ち切る」という強い言葉で周囲を鼓舞しながら、選手にはフレンドリーに接して中心選手にはどのようなことを期待しているかをはっきり伝える。その上で勝つために最善の決断を行う。これがWBCで栗山監督が一貫して行ってきたことだ。栗山監督を本作の主役として見るならば、チームビルディングの様子を描くビジネス系ドキュメンタリーの趣きさえある。“侍”に引っかけるならば、『七人の侍』の勘兵衛にあたるのが栗山監督だろう。

 本戦が始まると、完全密着したカメラはゼロ距離から選手たちを映し出す。試合中のベンチ裏での選手たちの会話や表情が、これほど克明に描かれるドキュメンタリーもなかなかない。すべては自ら撮影を務めた三木慎太郎監督と選手、チームスタッフとの信頼の賜である。

 源田壮亮選手は試合中に指を負傷。治療に戻ってきたベンチ裏で苦悶の表情を浮かべるが、それでも試合に出続ける決断を下す。栗林良吏投手はコンディション不良のためチームを離脱するが、チームの士気を慮って最後まで明るい表情を崩さない。

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