『【推しの子】』黒川あかねの炎上から考える現実とフィクションの関係
赤坂アカと横槍メンゴによる漫画を原作としたTVアニメ『【推しの子】』の「恋愛リアリティショー編」が、クライマックスを迎えた。
連載当初から話題となっていた『【推しの子】』だが、とくに大きな反響を呼び、その後の作品に対する支持を決定付けたのがこのエピソードであるーーと言って、異論がある原作ファンは多くないはずだ。
このエピソードの白眉は、インターネットで炎上し、数多くの顔の見えない人々によって誹謗中傷を受けた人間の側から見える世界を、克明な描写によって描き切ったことだろう。
とくに象徴的に描かれるTwitterでの誹謗中傷は、このSNSに日常的に触れている者にとって、(残念ながら)もはや見慣れた光景と言える。しかし、当の炎上の張本人となったことがある人間は限られているだろうし、「顔出し・本名で使用しているアカウントが炎上した」とまで限定すれば、経験した人はかなり少ないはずだ。
作中の恋愛リアリティーショー番組『今からガチ恋始めます』(今ガチ)での行動から誹謗中傷を受けた黒川あかねが、誰にも相談できないまま、心ない言葉で精神をすり減らしていく様子は、炎上した経験がない我々にも、炎上当事者の心理として十分に感情移入できるものとして描かれていた。
嘘偽りのない、等身大の自分として『今ガチ』に出演していたあかねが、自分という存在のすべてを否定されたような苦しみを味わったという筋立ては、作品全体を貫くテーマとして「嘘」を描き続ける『【推しの子】』だからこそ、いっそう説得力を帯びた部分だろう(こうしたあかねの不器用さが、その後の展開でドラマチックな「反転」を見せるあたりも、本作の巧さだ)。
物語としてのカタルシスは、アクアが黒川あかねを助けたその後の展開にあり、こちらも大きな見どころとなっている。しかし、ここであかねを救うために積み上げていった展開上のロジックは、誹謗中傷を受けた当事者としての説得力ある描写がなければ、胸を打つものにはならなかったはずだ。
この「恋愛リアリティショー編」に対する多大な支持と、このエピソードが真に迫った、リアリティのあるものであったことは、切り離して考えることなどできないだろう。そしてこのリアリティは、現実の恋愛リアリティショーもまた、適切なケアがなければ出演者の心に大きな負担を掛けるものであるという事実を土台としているからこそのものだ。
フィクション、とくに現代劇ならば、現実の世相から受ける影響がゼロということはあり得ず、受け手もまた「現実とフィクションを完全に切り離して楽しむ」というのは、不可能な話だ。