『ボーンズ アンド オール』突出した映像美とともに描き出す、孤独な若者たちの人生の季節
そのように考えると、子どもと大人の恋愛の違いとは、互いの欲望や理想を押し付け合うのでなく、相手の心情に寄り添って献身できるかという点に尽きるのではないか。“骨まで余さず食べる”という、作中に表れるメタファーは、恋愛において、相手の美点だけでなく、欠点とも思える全てを受け入れ愛することができるかということを示していると感じられるのである。
その意味で本作は、マレンやリーのように、心の底では善良な心を持ちながら、ある性質を持つことによって社会から阻害された孤独な人々が、互いに成長を遂げていき、子どもから大人になるまでの人生の季節を、アメリカの田舎の風土とともに過ごす姿を描いた映画だと解釈できる。本作のラストカットが感動的に映るのは、人が人を本当に愛する“覚悟”を決める、まさにその瞬間の光景を表現したものだったからだといえる。
それにしても、本作のビジュアルの美しさは突出して素晴らしい。ルカ・グァダニーノが製作した『ベケット』(2021年)の映像美については、過去の記事「70年代を中心としたサスペンス映画が現代に蘇る 『ベケット』が映し出す映画史の“記憶”」で書いたが、本作では『ベケット』の美術を統括するプロダクションデザイナー、エリオット・ホステッターが続けて務め、アメリカ1980年代のヴィンテージ感溢れるルックを作り上げている。
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くすんだ色調や、べたりとした黒い闇の表現、80年代映画を決定づける霧と照明を使った空間表現や、湖面に広がる波紋を見事に映し出した自然の情景など、クリアで詳細な美しさを目指すのでなく、全体を覆っている“濁り”の感覚が反映された映像は、これまでの作風からも分かる通り、グァダニーノ監督の優れた美意識によるものだ。カメラが対象に迫る際にも、ズームではなくカットを繋ぐことによって表現するなど、ヴィンテージなアートフィルムの質感を再現しつつ、何でもないアメリカの田舎の風景を、かけがえのないものとして輝かせている。
そんな80年代の情景を盛り上げる音楽として、デュラン・デュランをはじめとする、同時代の曲をサウンドトラックに選択しているのは当然だが、その雰囲気とはまた異なった、90年代を代表する「ナイン・インチ・ネイルズ」のトレント・レズナーとアッティカス・ロスのコンビに作曲させているのが、スタイルを合わせて馴染ませていくよりも、常に自覚的に映像や音楽をそれぞれ際立たせ、シーンに鮮烈さを持ち込もうとする、いかにもグァダニーノ監督の音楽センスといえるのではないか。
レズナーとロスによる暗い曲調は、緊張感と浮遊感、そしてユーモアとグルーヴが混在し、味のある映像とともに、一音、一音噛み締めることのできる魅力に溢れている。つまり本作そのものもまた、そのように楽しめる作品なのである。最新鋭の技術を駆使したSF作品や、迫力あるアクション作品を楽しむために映画館に足を運ぶのも楽しいものだが、本作『ボーンズ アンド オール』のように、味わいを楽しむ種類の映画こそ、より劇場で観てもらいたいと思うのである。
■公開情報
『ボーンズ アンド オール』
全国公開中
監督:ルカ・グァダニーノ
出演:ティモシー・シャラメ、テイラー・ラッセル、マーク・ライランス
配給:ワーナー・ブラザース映画
映倫区分:R18+
©2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All rights reserved.
公式サイト:Bonesandall.jp