ヴィム・ヴェンダースは「遅れてきたヌーヴェルヴァーグ」? 宇野維正×森直人が語り合う

宇野維正×森直人がヴェンダースを語り合う

 セレクトされた良質な作品だけを配信するミニシアター系のサブスク【ザ・シネマメンバーズ】の作品群のほとんどが、テレビサービスである洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」でも放送されるのをご存じだろうか。【ザ・シネマメンバーズ】で2月から4月にかけて配信されるヴィム・ヴェンダース監督の特集は、過去最大規模のレトロスペクティブとなっている。その大部分が洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」で同時期に放送されるのだ。今回の配信・放送を機に、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正と映画ライターの森直人が、昨今のレトロスペクティブ上映ブームやヴェンダースと日本の関係性、時代を先取りしていたヴェンダースの問題意識などについて語り合った。

ヴェンダースの再評価の波がそろそろくる?

『ベルリン・天使の詩』©1987 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH and ARGOS FILMS S.A.

ーー今回のお題は、ヴィム・ヴェンダース監督です。ただ、おふたりには以前、ドレスコーズの志磨遼平さんを交えて「日本のミニシアターブームにおけるヴィム・ヴェンダースの重要性」について、同時代的な観点からたっぷり語っていただいたので、今回は少し切り口を変えて……。

宇野維正(以下、宇野):そうだよね。前に結構ガッツリ話したもんね。『ベルリン・天使の詩』(1987年)の日本における大ヒットから、『夢の涯てまでも』(1991年)に至るまでの経緯というか……要は、ジャパンマネーが入ってきて、よくわかんない感じになっていったという(笑)。

森直人(以下、森):映画作家の株価変動を見ていくような話をして、いきなりこの連載の方向性が定まったような(笑)。あの鼎談は僕としても印象深かった。僕らよりもひと回り下の世代である志磨さん(1982年生まれ)のヴェンダース体験が、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)から始まっていたりとか、いろいろ発見があったし、今回のタイミングで読んでいただいても、全然面白いと思います。

ーーちなみに、あの鼎談が掲載された2021年の終わりから、監督公認の回顧上映が日本全国を巡回するなど、ヴェンダースの作品を映画館で観る機会も増えているようです。

宇野:まあ、コロナ禍の影響もあるんだろうけど、前回話したシャンタル・アケルマンもそうだし、ここ数年、レトロスペクティブ上映が日本では結構頻繁に行われるようになっていて……。

森:それこそ2021年には、ジム・ジャームッシュ監督のレトロスペクティブもやっていて。あれも、結構盛況だったんですよね?

ーーみたいですね。

宇野:まあ、ジャームッシュは、作品ごとに賛否両論ありながらも、『パターソン』(2016年)のようにも2010年代にも代表作と呼べるような作品を撮ってるよね。それで言ったら、2010年以降のヴェンダースの代表作って何になるんだろう?

ーー舞踏家ピナ・バウシュや写真家セバスチャン・サルガドのドキュメンタリー……いちばん最近の日本公開作は、アリシア・ヴィキャンデルとジェームズ・マカヴォイが出演した『世界の涯ての鼓動』(2017年)になるのかな?

宇野:なるほどね。や、だから俺が言いたいのは、同じくミニシアターブームの寵児だったジャームッシュに比べると、あんまり現役感がないというか、ヴェンダースの再評価の波ってまだまだきてないような気がしていて。でも、さすがにそろそろくるでしょ?

『まわり道』撮影風景 ©Wim Wenders Stiftung 2015

森:そうですよね。古着の相場的に言うと、ウォン・カーウァイは最近爆上がりして、ジャームッシュは相変わらず人気堅調で、となると今はあんまり注目されてないこのブランドも、そろそろニューヴィンテージとして高騰してくる、みたいな(笑)。寝かせ頃としては悪くないはず。

宇野:2010年以降のヴェンダースってさ、別に批評家受けを狙ってダメになっているわけでもないじゃん。もはや、自分がやりたいことを、自分が好きなようにやっているだけだから。そのせいで、過去の作品があまり顧みられない感じになっているんだったら、それはあまり良くないというか、そういうレベルの作家じゃないよっていうのは、改めて言っておきたいかな。

ーー映画史的には、間違いなく名を残す監督のひとりであって……まあ、ずっと変わってないと言えば、変わってないような気もしますけど。

森:そう、変わってないんですよね。ただ、その分、初期の頃の「濃さ」っていうのが、やっぱり圧倒的だと僕は思っていて。個人的には1970年代の「ロードムービー三部作」、特に『都会のアリス』(1974年)と『さすらい』(1976年)が大好きで……宇野さんがおっしゃられたように、本格的な再評価の波がきてないっていうのは、確かにその通りだと思うんですけど、ただ最近だとマイク・ミルズの『カモン カモン』(2021年)が『都会のアリス』を露骨にベースにしていたんですよね。

宇野:ああ、そうだね。確か、マイク・ミルズ本人も『都会のアリス』に言及していたよね。

『都会のアリス』レストア版 ©Wim Wenders Stiftung 2014

森:ええ、わざわざ同じモノクロームで撮っていますしね。もちろん、チャップリンの『キッド』(1921年)だったり、他にも下敷きにしたと考えられる作品はありますけど、ジャーナリストのおっさんと9歳の女の子――『カモン カモン』は、甥っ子の少年に性別を変えていましたが、疑似親子的なコンビが一緒に各地を回るという設定や設計からして、やっぱり『都会のアリス』の影響がすごい感じられる。ちなみに、『都会のアリス』とよく似た同時期の作品に、ピーター・ボグダノヴィッチの『ペーパー・ムーン』(1973年)がありますけど、実際、ヴェンダースは『都会のアリス』の準備中にこれの試写を観て、あまりの類似に愕然としたという(笑)。そんなヴェンダースを励ましたのがサミュエル・フラーらしいですけど、いかにもハリウッド的でウェルメイドな『ペーパー・ムーン』に対し、『都会のアリス』は流動的な文体を持つ作品になりましたね。「映画が生成されていく旅」そのものを記録したようなロードムービーに結晶していて、その映画的な美しさに、マイク・ミルズのような作家もインスパイアされたんだと思う。

宇野:そうだよね。監督自身が言及していて、映画を観てもそれは明らかなのに、『都会のアリス』について触れている人はそれほど多くなかった。それが、今のヴェンダースの立ち位置を象徴しているのかもしれない。でもさ、それこそ今HBOがやっている『THE LAST OF US』とか、おじさんと女の子というか、親子ではない大人と子どものロードムービーっていくらでもあると思うけど、『都会のアリス』は、その「原型」ではないけど、「最高峰」であることは間違いないし、そういう話をやるんだったら、参照せずにはいられない作品だよね。

『まわり道』4Kレストア版 ©Wim Wenders Stiftung 2015

ーーその『都会のアリス』から、ヴェンダースは『まわり道』(1975年)、『さすらい』と連続して撮っていって……それがやがて、「ロードムービー三部作」と呼ばれるようになるわけですが。

森:まさにその初期の「ロードムービー三部作」こそが、ヴェンダースの真髄だと僕は思っています。以降のフィルモグラフィはそのヴァリエーションか延長戦に過ぎない、とまで言うと怒られそうだけど(笑)。

宇野:まあだから、こないだの話とちょっと繋げると、要は、日本では『ベルリン・天使の詩』でわーっと盛り上がったというか、『ベルリン・天使の詩』は、ミニシアターブームの最初の爆発――もっと言ってしまえば、日本におけるミニシアターブームを作ったと言ってもいいぐらい重要な作品だったけど、それ以前から、映画の好きのあいだでは、ヴェンダースっていうのは特別な作家として語られていたわけで。

ーーそれこそ、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『パリ、テキサス』(1984年)とかも、1985年の9月には普通に日本公開されて、映画好きのあいだでは注目されていましたよね。

宇野:そうそう。だから『ベルリン・天使の詩』ぐらいまでのヴェンダースって、映画史に残るような重要作をバンバン撮ってるんだよね。観てない人は、絶対観たほうがいい。

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