宇野維正×森直人×佐々木敦が語り合う、60年代のジャン=リュック・ゴダール作品とその人柄

宇野維正×森直人×佐々木敦がゴダール語る

 セレクトされた良質な作品だけを配信するミニシアター系のサブスク【ザ・シネマメンバーズ】では、8月から10月にかけて、ジャン=リュック・ゴダールの60年代と80年代の作品をセレクトした全9作品が順次配信される。今回の配信を機に、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正、映画ライターの森直人の2人に加え、ゴダールに造詣の深い佐々木敦をゲストに迎えて、ゴダールについてトークを展開。前編と後編の2回に分けてお届けする。

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幅広い受容体系があるジャン=リュック・ゴダール

女は女である
『女は女である』(c)1961 STUDIOCANAL IMAGE – EURO INTERNATIONAL FILMS, S.p.A.

――今回のお題は、ジャン=リュック・ゴダール監督ということで、ゲストに佐々木敦さんをお招きしながら、いろいろと語っていけたらと思います。まずは、8月から順次配信がスタートしている「PART 1」――『女は女である』(1961年)、『女と男のいる舗道』(1962年)、『はなればなれに』(1964年)、『恋人のいる時間』(1964年)の4作品を見ていきましょうか。

宇野維正(以下、宇野):一般的にゴダールの映画でいちばん観られているのが『勝手にしやがれ』(1960年)で、多分2番目が『軽蔑』(1963年)ですよね?

森直人(以下、森):いや、ツートップには『気狂いピエロ』(1965年)が来るでしょう?

宇野:あ、そうか。で、3番目が『軽蔑』だとして、その3本が昔から日本でもテレビ放送されたりするレベルでポピュラーな作品だとすると、今回8月、10月と合わせて配信される9作品っていうのは、それに続くような作品――ほぼグレイテストヒッツみたいな作品群になっていますよね。

佐々木敦(以下、佐々木):そうですね。時期はある程度限定されているけど、そういうものにはなっていると思います。その中でも「PART 1」の4作品は、一般的なゴダール像の入り口にあるものだからすごく観やすいし、特徴もそれぞれあって……この4本が合わなかったら、10月の「PART 2」の5作品は、ちょっと厳しいかもしれない(笑)。

森:確かにゴダールは中期、後期以降、いろんな意味でハードルが高くなっていきますね(笑)。

宇野:あと、これは以前、森さんとエリック・ロメールについて話したときに言ったんだけど、ロメールの映画は、日本でちゃんと公開されるようになったのが結構遅くて、なおかつ順番もバラバラに公開されたところがあったじゃないですか。だけど、ゴダールの映画は――それこそ『軽蔑』とかは、当時日本でも人気があったブリジット・バルドーの主演作としてすぐに日本でも公開されて、日本の観客にもちゃんと受け入れられていたし、デビュー作である『勝手にしやがれ』だって、今では考えられないんだけど本国フランスと同じ月に日本公開されているんですよね。

森:そうですね。

宇野:だからやっぱり、ゴダールっていうのは、いわゆる「ヌーヴェルヴァーグ」の作家たちの中でも――まあ、フランソワ・トリュフォーもそうだけど、この2人っていうのは、日本の映画興行のラインにも、ちゃんと乗っていた監督だったっていう。

佐々木:しかも、結構普通にヒットもしていたと思うんですよね、日本でも。だから、その感じのままいってくれたら、普通の意味で「フランス映画の巨匠」みたいな感じになっていったのかもしれないけど、そのあと政治的な映画を撮るようになったり、いろいろわけのわからない映画を撮るようになっていって……。

宇野:1968年の「パリ五月革命」というのが、いろいろな意味で分岐点になっているわけですけど、少なくともそれまでのゴダールっていうのは、日本においても普通にフランス映画の人気監督のひとりだったわけですよね。

女は女である
『女は女である』(c)1961 STUDIOCANAL IMAGE – EURO INTERNATIONAL FILMS, S.p.A.

佐々木:そうですね。すごく斬新な手法で映画を撮る監督ではあったけど、最初の頃はちゃんとヒロインを迎えて映画を撮っていて……しかも、その主演女優であるアンナ・カリーナと結婚もしていたわけだから、それは注目されますよね。だから「PART 1」の4作品――いわゆる「アンナ・カリーナ期」と言われている4本は、僕なんかよりも、菊地成孔さんに語ってもらったほうがいいような気がするんだけど(笑)。菊地さんは、この頃のゴダール作品が、すごい好きだから。

宇野:だから、ひと口に「ゴダールが好き」と言っても、そこでひとつ分かれるみたいなところはあるかもしれないですよね。この時期のゴダールは好きだけど、それ以降のゴダールはあまり好きじゃないとか。

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森:いずれにせよ、「PART 1」でラインナップされている作品の頃のゴダール――つまり五月革命以前の60年代のゴダールっていうのは、時代の最先端を行くバリバリの流行作家だったわけで。だって、あの当時の高感度な若者たちは、みんな「ゴダール病」と言えるほど彼の映画にヤラれていたわけじゃないですか。

宇野:そうだよね。それこそ、ベルナルド・ベルトルッチとかだって、若い頃はゴダールに心酔していて……というか、あの時代のヨーロッパの作家は、みんなゴダールの映画に大きな影響を受けていて。だから結局、僕とか森さんが90年代とかに観ていたヨーロッパ映画って、ある意味ゴダールの影響下にあった作品ばっかりだったわけじゃないですか。

森:まさにそうですし、DNAの拡散は西欧に限らず全世界的なものですよね。宇野さんと以前話したハル・ハートリーだって、『シンプルメン』(1992年)ではゴダールの『はなればなれに』を模したダンスシーンを撮っていたし、クエンティン・タランティーノが自分の映画会社に『はなればなれに』の原題にちなんだ「バンド・アパート」っていう名前をつけたりして。あと、ウォン・カーウァイもゴダールの子供のひとりですね。『恋する惑星』(1994年)なんて、僕は『勝手にしやがれ』の残響が露骨に響いていると思っています。

宇野:そうだよね。けどさ、みんなそこを卒業していくんだけどね。ベルトルッチとかが、すごいわかりやすい例だけど。

――『ラストエンペラー』(1987年)でアカデミー賞を獲った頃には、もはやゴダールの影響なんて、まったく感じられなくなっていて。

宇野:まあ、ベルトルッチは60歳すぎてから、1968年のパリを舞台にした『ドリーマーズ』で思い出したように『はなればなれに』のオマージュをやったりもしてたけど(笑)。

佐々木:60年代、70年代ぐらいは、いわゆる「前衛」みたいなもの自体がカッコ良くて、それに綺麗にハマったところがあったんだよね。というか、そもそもヌーヴェルヴァーグっていうもの自体が、そういうものだったわけじゃないですか。で、ゴダールっていうのは、その中でも極めてそういう存在だったと。ただ、この時代のゴダールの映画は、やっぱりすごいオシャレだし、グッとくるところがいっぱいあるじゃないですか。

はなればなれに
『はなればなれに』Bande à part, un film de Jean-Luc Godard. (c)1964 Gaumont / Orsay Films.

――とにかく、アンナ・カリーナが可憐で魅力的だっていう。

佐々木:そう。特定の女優さんを何回も撮るみたいなことって、どんな監督でもあったりするけど、ゴダールにもやっぱりそういう時代があって。それによって、すごく作品が安定するというか、どんだけ変なことをやっても、とりあえず女優が魅力的だからいいかっていう(笑)。あと、そこに「愛」があるみたいな感じが、この時代のゴダールには、ちょっとありましたよね。

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――特に『はなればなれに』までの3作品は、ゴダールとアンナ・カリーナが、まさに結婚していた頃の作品になるわけで。

佐々木:そうそう。それは「若い」っていうことなんだろうけど、ゴダールもその頃は若かったから、そういう「青春っぽさ」みたいなものが、どこかあったと思うんですよね。まあ、そういうものが完全に失われたあとも、延々と映画を撮り続けているところが、ゴダールのすごいところなんだけど(笑)。

宇野:(笑)。ただ、僕がちょっと思ったのは――これも、森さんと以前ロメールについて話したときに言ったんだけど、映画作家としてのロメールの「株価」みたいなものって、落ちたことがないじゃないですか。

佐々木:はいはい。ロメールは、そういう作家だよね。

宇野:ずーっと高値安定というか、2010年に亡くなる直前まで、ずっと良い作品を撮っていたし、亡くなったあとも、変な消費のされ方をしなかった。それこそ、僕が入る前に佐々木さんも働いていた「シネヴィヴァン六本木」でロメールの映画を上映していた頃から、そのお客さんの中には、シネフィルではないフランス文化全般が好きな中高年の方々も一部にはいたし、ロメールの映画自体、それを許容するものだったじゃないですか。

佐々木:うんうん。

宇野:だから、作品自体、誤解もされてないし、ロメールのブランド価値みたいなものもずっと安定していて、「こんな監督、なかなかいないよね」っていう話だったんですけど、その一方で、ゴダールっていうのは……。

佐々木:そうだね(笑)。なかなか毀誉褒貶が激しいところはあるかもしれない。

宇野:で、さらに今、ゴダールの「株価」っていうのが、僕とか森さんとかが学生だった頃に比べて、かなり落ちてきているような気が、個人的にはしていて……。

女と男のいる鋪道
『女と男のいる舗道』(c)1962 . LES FILMS DE LA PLEIADE . Paris

森:確かに同じヌーヴェルヴァーグ出身の作家と言っても、ロメールとゴダールは、結構真逆のキャリアを辿ってきたというか、作品の受容のされ方に関しても、対照的な要素が多いかもしれないですよね。ただ、僕は、ゴダールっていうのは「なんだかんだ言って、ずっと高値安定」だと思っていて。たとえば、『さらば、愛の言葉よ』(2014年)っていう世にも珍奇なゴダールの3D映画がありましたけど(笑)、あの変な映画がカンヌ国際映画祭のコンペで当時25歳だったグザヴィエ・ドランの『Mommy/マミー』(2014年)と仲良く一緒に審査員賞とかを獲っている。逆に言うとそれは、「ドランこそが現在のゴダールである」っていうカンヌなりのメッセージでもあるわけで、結局「前衛」や「若さ」のアイコンとしてはゴダール以上の存在って映画界では出て来ていないのかなと。単に殿堂入りという以上に、シグネチャーの有効性は今も生きているというか、その支持率は一貫して高い。

宇野:いや、もちろん、映画業界というか、映画界においてはずっと高いんだけど、俺が言っているのは、今の時代、「好きな監督は誰ですか?」って聞かれたときに、ロメールはまだギリギリ言えたとしても、ゴダールっていうのは、ちょっと恥ずかしくて言えないようなところがあるじゃないですか。

森:逆に言うと、「ゴダール大好き!」って口に出す気恥ずかしさは、昔からずっとあるようにも思う(笑)。

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宇野:たださ、90年代は、さっき言ったように、タランティーノが自分の映画制作プロダクションを「バンド・アパート」って無邪気に名付けたような――あれはすごく90年代っぽかったと思うけど、それから30年経って、単純に他の映画作家から参照される機会もだいぶ減っているし、そもそも今、ゴダールを参照すること自体、果たしてイケてることなのかって言ったら、絶対そんなことはないじゃないですか。

森:うーん。そこはやっぱり、ゴダールっていう存在独特の、捉え方の難しさなんじゃないですか。たとえば最近、『X エックス』(2022年)っていうA24の面白いホラー映画がありましたけど、あの映画は1979年が舞台で、テキサスのド田舎に低予算のポルノ映画を撮りにきた若者たちの話なんだけど、その自主映画の監督の青年が、フランスの前衛映画にかぶれていて、要はゴダール・マニアだっていう。

宇野:それはでも、「イタい奴」としての描写だったよね。

森:そう、ただのバカなんですよ(笑)。つまりここでのゴダールって、「未熟な若者がかぶれがちな前衛といえば」という定番の「ネタ」なんですね。対してロメールって、そういう雑な扱われ方は絶対しないじゃないですか。でも、ゴダールは、神に仕えるようなデリケートな扱われ方から、エグいほど雑な扱われ方までめちゃめちゃ幅広い受容体系がある。

宇野:それはホント、そうかもしれない。一部では、ものすごくデリケートに扱われていて――どちらかといえば佐々木さんは、そっちの界隈にいる人だと思うけど、その一方で、一部の人たちからは、ものすごく雑に扱われているっていう。

森:その「デリケート」と「雑」のあいだが、他に例がないほど広大に開いてるんですよね(笑)。

佐々木:でも、それは多分、60年代からずっとそうなんじゃないですか。いわゆる売れる映画というか、流行になるような映画という「極」があって、もう片方に売れないけどすごいとか、斬新だとか前衛だとかっていう「極」があったとしたら、その2つは普通同居しないんだけど、ゴダールの場合は、それが同居しているというか、その両極を持っているから、余計に何か変な感じになっちゃうっていう。しかも、めちゃめちゃ長いあいだ映画を撮り続けていて、作品数もすごい多いから。

森:短編や断片的なものも含めれば膨大なフィルモグラフィーになりますよね。

はなればなれに
『はなればなれに』Bande à part, un film de Jean-Luc Godard. (c)1964 Gaumont / Orsay Films.

佐々木:だから今、宇野くんが言っていたようなことで言えば、もっと前の段階で、違う枠に入ってしまったのかもしれないよね。それこそ、ある種の神格化じゃないけど、10年に一本撮ってくれれば、それだけでありがたいとか、撮ってないけどすごい人だみたいなことになっていれば良かったんだけど、ゴダールの場合は、21世紀になってからも、わけのわからない映画をずっと撮り続けていて。それこそ、コロナ禍になってすぐの頃、突然インスタライブをやったりとか、謎の現役感みたいなものが、ずっとあるじゃないですか。

森:あの2020年、コロナ禍を受けてすぐのインスタライブは「動きが早いな!」と感嘆しました。当時のゴダール、89歳ですからね。さっきの3Dもそうだし、そもそもパートナーのアンヌ=マリー・ミエヴィルと「ソニマージュ工房」でビデオ製作を始めたのも1974年からですし、最新映像テクノロジーへの興味は一貫してますよね。それは「前衛」の矜持とも言えるし、「流行」にすぐ飛びつくチャラい面があるとも言える(笑)。しかも変な使い方するんですよね、新しい技術を。僕はゴダールの軽さというのはとても好きな部分なんですけど、そのへんがまさに、佐々木さんがおっしゃったまったく異質の「極」の同居ってことにつながるのかなと。

佐々木:そこで何か、尊敬しきれないみたいな感じになっちゃうのかなっていう。

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