『THE FIRST SLAM DUNK』が乗り越えた、「漫画原作アニメーション映画」のジレンマ

『SLAM DUNK』真の帰還

 原作者であり、本作の監督を務めた井上雄彦は、本作のタイトルを『THE FIRST SLAM DUNK』とした。そこには、過去に原作漫画を読んだ人であっても“初めて観る”感覚になる作品という意味が込められているのだという。(※)その意味で、宮城リョータのこれまでの人生のエピソードを踏み込んで描き、彼の視点を基に再構成された「山王戦」の試合は、もう一つの『SLAM DUNK』として提出されているのだ。つまり、既存の作中試合を利用して、独立した一作品としての価値を目指すという、かなり難しいことに挑戦しているのである。

 単に原作ファンを楽しませるためであれば、名場面、名セリフを集めた総集編を見せれば事足りるはずで、実際、そのような内容であれば、とくに誰からも文句は出なかったかもしれない。しかし、それでは単に閉じられた既存のファンの同窓会にしかなり得ないだろう。それでは『SLAM DUNK』は、過去の懐かしい遺物として消費されるしかない。

 井上監督は、インタビューのなかで連載当時のことを振り返り、原作漫画の主人公である桜木花道にシンクロしながら描き続けていたと語っている。(※)荒削りながら、試合を経験するうちにものすごい勢いで成長していった桜木の才能の描写は、井上雄彦の成長そのものでもあった。連載のなかで飛躍的に画力は上がり続け、漫画自体が連載当初とは見違えるレベルに到達していく様子は、まさに壮観といえるものだった。

 だが、なぜ井上雄彦に、そのような急激なレベルアップが起きたのか。それは、もともと彼自身の目的が漫画をただ描くということではなく、漫画という手法を利用して、自分の思い描くバスケットボールの世界を表現したいと思っていたからだろう。それを成し遂げるには、現在の自分の手腕では無理だという絶望と向き合いながら、おそらくは試行錯誤を繰り返していった。だからこそ、その筆致はより詳細に、より求道的なものになっていったと考えられる。

 とはいえ、現在の井上雄彦の描く物語は、すでに前だけを見てがむしゃらに走り続ける成長時代に終わりを告げている。いまは、周りを見ながら作家としていろいろなことに思いを馳せる時期にあるのだ。その発露として発表されているのが、「車いすバスケットボール」を題材とした『リアル』だ。この漫画では、試合一つひとつの勝ち負けよりも、競技を通して自分の人生をどう充実させていくのかの方にフォーカスされている。

 『SLAM DUNK』の原作漫画には、このような人生を考える視野は希薄で、目の前の勝ち負けにこだわることが重要視されていた。それが、「山王戦」において桜木花道が選手生命を差し出そうとする熱意にも象徴されている。そして、そんな視野の限定された世界観が、中高生の世代が抱える切迫感と共鳴して、共感を生み出していたのも事実だろう。

 桜木の覚悟が、当時の井上雄彦自身の本心と連動していたからこそ、そこに熱がこもっていたように、作家は現在興味を持っていることを描き、信じているものを表現することで、作品に説得力を持たせることになる。であれば、いま桜木花道の『SLAM DUNK』をただ描いても、それは過去の井上雄彦のトレースであり、色褪せたものにしかならないはずだ。『SLAM DUNK』という作品が、井上雄彦の気分と強く連動するものであったとするなら、宮城リョータの『SLAM DUNK』こそが、現在の『SLAM DUNK』ということになるのだろう。そして、それこそが作品の“真の帰還”だといえるのでないか。

 本作で重要な要素として描かれたのは、宮城リョータと、若くしてこの世を去った兄との関係であり、シングルマザーとしてリョータたちを育ててきた母との関係だ。リョータにとって、この兄の存在は非常に大きなものだった。彼は優秀なバスケ選手だった兄に近づこうとし、母はそれを止めることはなかったが、複雑な思いを抱えながらリョータを見守ることとなる。

 リョータが所属する「湘北」のメンバーたちは、山王との厳しい試合の中でそれぞれに“自分”という存在が揺るがされる事態に陥る。そのなかで、最も自分の道を見失っていたのはリョータだった。「兄」という存在に成り代わろうとしつつも、それが叶わないことで自問自答を続け、苦い思いで兄と同じ誕生日を迎えてきた彼は、自分のプレー、自分の居場所、存在価値を、他のメンバー同様に山王戦で獲得し、兄の夢を乗り越えることで、ついに自分の人生、自分の願望や選択を生きる力を手にするのである。

 ラストシーンの意外なサプライズは、リョータがその後、新しい夢を持って、自分らしい道を努力して進んでこられたことを表現している。けして「天才」でもない、ポジション別でも県内トップ選手になれなかった彼が大舞台に立つという描写は、一部の観客には奇異に映ったかもしれない。だが、そんな“決めつけ”を跳ね除けて、彼が大きな挑戦に踏み出す瞬間を描くからこそ、この場面には意味があるのではないだろうか。

 漫画連載終了から8年後、2004年におこなわれたスラムダンク1億冊感謝記念 ファイナルイベントで、井上雄彦自身の手によって黒板に描かれた、「山王戦」の後日談となる作品『スラムダンク あれから10日後』では、当時現実の世界で日本人として初となるNBAプレーヤーが誕生した出来事が言及されている。それから、また18年が経った。まだまだ日本人には狭すぎる門だとはいえ、公式戦に出場した日本人NBAプレーヤーは3人にまで増えている。本作のラストシーンは、そんな厳しい現実に飛び込んで活躍しようとするリョータの姿を描くことで、バスケ選手を目指す若い才能へのエールを送るとともに、現実の世界で困難にぶつかっている、あらゆる人に、戦う力を与えようとするものだ。

 『SLAM DUNK』とは、そういった意味で、いつでも“現在”をとらえた作品であるといえる。その姿勢をブレずに体現し、作家性を優先したままで『THE FIRST SLAM DUNK』をアニメーション表現の挑戦の場にしたことは、賞賛に値するし、同時にその独創性と完成度は、日本の今後のアニメーション作品の可能性を大きく広げることになったといえるだろう。

参照

※ https://www.slamdunk-movie-courtside.jp/interview

■公開情報
『THE FIRST SLAM DUNK』
公開中
原作・脚本・監督:井上雄彦
演出:宮原直樹、北田勝彦、大橋聡雄、元田康弘、菅沼芙実彦、鎌谷悠
キャラクターデザイン:井上雄彦、江原康之
CG ディレクター:中沢大樹
作画監督:江原康之
サブキャラクターデザイン:番由紀子
モデルSV:吉國圭、BG
プロップSV:佐藤裕記、R&D
リグSV:西谷浩人
アニメーションSV:松井一樹
エフェクトSV:松浦太郎
ショットSV:木全俊明
美術監督:小倉一男
美術設定:須江信人
色彩設計:古性史織
撮影監督:中村俊介
編集:瀧田隆一
音響演出:笠松広司
録音:名倉靖
キャスティングプロデューサー:杉山好美
音楽プロデューサー:小池隆太
2Dプロデューサー:毛利健太郎
CGプロデューサー:小倉裕太
アニメーションプロデューサー:西川和宏
プロデューサー:松井俊之
声:仲村宗悟、笠間淳、神尾晋一郎、木村昴、三宅健太
オープニング主題歌:The Birthday(UNIVERSAL SIGMA)
エンディング主題歌:10-FEET(EMI Records)
音楽:武部聡志、TAKUMA(10-FEET)
アニメーション制作:東映アニメーション、ダンデライオンアニメーションスタジオ
配給:東映
©I.T.PLANNING,INC. ©2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners
公式サイト:https://slamdunk-movie.jp/
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