『THE FIRST SLAM DUNK』が乗り越えた、「漫画原作アニメーション映画」のジレンマ

『SLAM DUNK』真の帰還

 高校バスケットボールを題材とした、井上雄彦原作の大ヒット漫画『SLAM DUNK』。90年代に『週刊少年ジャンプ』で連載を続け、当時NBAスター選手の活躍や、ナイキのバスケットシューズ流行とともに、日本における空前のバスケブームを相乗的に盛り上げることになった伝説的作品だ。

 そんな社会現象の洗礼を浴びた世代を中心に、いまだ根強い人気を誇っている『SLAM DUNK』が、2022年になって新たな劇場アニメーション作品『THE FIRST SLAM DUNK』として公開された。しかも監督と脚本を務めるのは、原作者でもある井上雄彦その人である。その意味や意義は、各人にとって異なるだろうが、本作が一つの映画作品として、狂気を感じるほどに先鋭化された内容だったというのが、驚きなのである。

 これまで、人気漫画原作のアニメーション映画は、数多く製作されてきているが、そのなかで普遍的な価値を持ち得ているものは稀少だ。なぜなら、その作品に親しんでいるファンを喜ばせるということが、製作の主目的にあることが多く、観客の好きなキャラクターを見せ、活躍させるといったファンサービスに終始してしまいがちだからだ。もちろん、それ自体はマーケティングとして間違ったことではないが、そうやって完成したものは、一つの作品としての独立性が希薄なためファン以外の観客にまで深い感動をもたらすことは難しい。それが、「漫画原作アニメーション映画」のなかにあるジレンマだといえよう。

 本作で最も驚かされるのは、表現されるバスケットボールの試合が、まさしく“本物の試合”であるかのように、CGを駆使して高いリアリティで映し出されている部分だ。選手たちは常に躍動し、ダンクシュートやリバウンドなど決定的なプレーはもとより、ディフェンスで自陣へ戻るために後ろ走りをしている光景など、一見地味に感じられる瞬間も余さずとらえている。

 物語は、原作漫画のピークとなり、ファンの支持の多いインターハイ「山王(さんのう)戦」を中心に組み立てられている。この試合を専門家に分析させ、さらにはプロ選手を呼んで試合の動きをモーションキャプチャで再現させながら、本作は“試合そのもの”を創造し直しているのである。『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が、同じくモーションキャプチャを利用して「プリビズ(シミュレーション映像)」から構図を探ったように、ここでは試合の場面、場面のカットを、無数の映像のなかから再検討し、原作では見ることのできなかった空白がリッチに埋められているのだ。

 単に原作ファンを喜ばせるためだけであれば、ここまで手間のかかる作業を続ける必要はない。原作の場面を基に、見える部分だけを作り込めばいいだけのことだ。だから本作が、まさかこのように、一つの作品として実験的なまでに独創的なアプローチで、これまでにない映像世界を作りあげているというのは、常識を外れている。これは、第一に試合そのものを描きたかったという監督自身の願望の表れだったと考えられる。

 それにしても、いくら原作に人気があるとはいえ、映画初監督となる井上雄彦に、ここまで内容を自由に決めさせ、長い猶予を与えた企画というのは、これまでの慣例では考えられない。監督を6人の演出家が支えるという構図になっていることからも、絶対に失敗させないという気合がにじんでいる。この例外的な枠組みがあってこそ、奇跡的といえる本作が成立しているのである。

 演出家たちが参加したインタビュー(※)によると、今回CGアニメーションを駆使するという方法論のベースとなったのが、東映アニメーションのTVアニメ『プリキュア!』シリーズのCGを使用したエンディングだったという。CG映像の情報を取捨選択して、人の手による絵の風合いを出すことができる「トゥーン・レンダリング」によって、絵柄のニュアンスを保ったままで、これまでのアニメーションになかった動きを達成できるのである。

 そこから現在まで、長い年月をかけて『THE FIRST SLAM DUNK』における、多数のキャラクターがそれぞれに連動する試合映像という、最大の“果実”の育成にまで到達したのだ。まさに、技術によって積み上げられた、新しい表現、新しい世界の創造といえる。そんな企画そのものに、ある種の狂気が漂っていると感じられるのは、かつて東映アニメーション(東映動画)の大川博社長が指し示した「東洋のディズニーになる」という熱意と同じものが、そこにあるからではないのか。少なくとも、最終的に本作が他の漫画原作アニメーション映画とは一線を画したものとして受け入れられることになるのは確実だ。

 本作の内容は、そうやってかたち作られていった試合映像やドラマのなかに、登場人物の一人である宮城リョータの家族との関係や友人との出会いなど、彼を主軸とした新たなエピソードが加えられたものだ。そのため、原作の数々の「名シーン」と呼ばれる場面のいくつかはカットされることとなった。

 案の定というか、原作のファンのなかには、「あの名セリフがない」、「あのキャラクターが顔を出さない」と、SNSなどで不満を表す観客が出てきている。それは、原作の「山王戦」そのものを再び味わって、漫画の興奮をそのまま味わいたいという期待があったからだろう。だが、本作『THE FIRST SLAM DUNK』は、前述したように、そのようなコアなファンに向けたサービスではなく、より大勢の観客に向けた、新たな表現を目指している。その意味で、通常の漫画原作アニメーション映画を求めていたファンが不満を覚えるのは必然的だといえる。

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