『作りたい女と食べたい女』脚本・山田由梨の稀有な才能 “リアル”を掘り下げる眼差し

『作りたい女と食べたい女』山田由梨の作家性

 ドラマ好きであれば、誰しも好きな脚本家のひとりやふたり、いるのではないか。

 その中でも、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合)の三谷幸喜と、同じく大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK総合)などを手掛けた宮藤官九郎は、多くの人が名前を挙げる人物だろう。

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 彼らが関わるあらゆる作品を観て感じるのは、愛すべき登場人物の描き方の見事さもさることながら、登場人物の多い作品にもかかわらず、複雑に感じさせない見事な筆致。そして、セリフに宿る類まれなるコメディセンスや、単話だけでなく全話通してこそ感動が生まれる構成力。こうした脚本の技術は、恐らく、彼らが出自とする小劇場演劇で磨かれたものだろう。三谷は、大学時代に自ら旗揚げし主宰した劇団「東京サンシャインボーイズ」にて作・演出を務め、宮藤は、劇団「大人計画」に演出助手として入ったことからキャリアを始めている。

 現役で活躍する小劇場出身のドラマ脚本家は少なくない。秋期で言えば『ファーストペンギン!』を手掛けた森下佳子は劇団「パンパラパラリーニ」を立ち上げ、脚本・演出を務めていたし、2023年度前期の連続テレビ小説『らんまん』(NHK総合)の脚本を手掛ける長田育恵も、劇団「てがみ座」を立ち上げ、主宰してきた。彼女らの多くは今でも、ドラマの脚本と演劇の脚本を両輪で書き続けている。

 そして、三谷幸喜や宮藤官九郎が活躍し始めた1980年代~1990年代とは比較にならないほど、小劇場演劇の盛り上がりが小さくなったと思える2000年代以降も、新たな小劇場出身のドラマ脚本家は生まれ続けている。

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 その1人が、夜ドラ『作りたい女と食べたい女』(NHK総合)の脚本を手掛ける山田由梨だ。大学在学中の2012年に劇団「贅沢貧乏」を旗揚げした山田は、日本の社会問題を扱った演劇作品を数多く手掛け、2018年には『フィクション・シティー』で、そして2020年には『ミクスチュア』で、2度「演劇界の芥川賞」と呼ばれる岸田國士戯曲賞の最終候補に選ばれるなど、演劇界でも注目を集める存在である。

 そんな山田が初めてドラマの脚本を手掛けたのは、『女子高生の無駄づかい』(2020年/テレビ朝日系)。原作があり、第4話のみの担当だったが、劇場で「贅沢貧乏」の作品を観ていた人にとっては、演劇ならではの表現を追求しているように思えた山田が、テレビドラマの世界に足を踏み入れたのは意外でもあった。全話を通してコメディ性の強かった本作において、山田が担当した回でもコミカルなシーンは多々ありつつ、同性愛も含めた、それぞれの愛のあり方を登場人物たちが模索するような話であった。そうした描写を丁寧に描きつつ、笑いの要素も盛り込める人物として、プロデューサーの三輪祐見子や貴島彩理は、ドラマ未経験の山田に白羽の矢を立てたのではないか。

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 山田が続いて手掛けたドラマ作品が『17.3 about a sex』(2020年/ABEMA/以下『17.3』)だ。演劇作品での実績が多いとはいえ、初の連続ドラマ作品にして全話の脚本を担当したのは、ドラマ『silent』の脚本を担当した生方美久並の期待度の高さだと言えるだろう。本作のタイトルにある「17.3」とは、性行為の初体験年齢の世界平均である17.3歳のこと。「日本版『セックス・エデュケーション』」とも評された本作で、山田は現代を生きる高校生のリアルを、性的な表現や多様な意見が寄せられるであろう複雑なテーマを避けることなく描ききり、配信1週目にはABEMAオリジナルドラマ史上1位のコメント数を記録するなど、若年層を中心に話題となった。自身と世代が違う高校生たちの描写が、当事者たる高校生たちに響いたという事実からも、山田がいかに当事者の背景をリサーチし、専門家の意見を取り入れた上で、エンターテインメントとして昇華したかが分かるだろう。

 こうした当事者のリアルを掘り下げる姿勢は、次作『30までにとうるさくて』(2022年/ABEMA)でも活かされていた。本作の主人公たちは当時の山田と同世代の29歳。まさしく山田自身や周囲の女性が抱えた30歳手前だからこその苦悩を、シビアに、しかし、優しく描いた。それまでに手がけた演劇作品からも、山田は「シスターフッド」と呼ばれる女性同士の連帯を自然に描くことに長けた作家だ。結婚や出産、労働環境、収入など、立ちはだかる大きな壁を、『女子高生の無駄づかい』でも『17.3』でも描かれた女性の連帯を通して乗り越えていく(もしくは適切に向き合っていく)さまを見て、男である自分自身も、何度もグッと来てしまったことを記憶している。高校生以外をドラマで描けたことは、おそらく自信にもつながっただろう。

 間に、WOWOWで『神木隆之介の撮休』(2022年)第4話と『にんげんこわい』(2022年)第2話の脚本を担当し、後者ではドラマ初監督も果たしているが、連続ドラマとしての次作が『作りたい女と食べたい女』である。

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