渡辺あやが描く“あるがままの敗北” 『ワンダーウォール』の“続編”とも言える『ここぼく』

渡辺あやが描く“あるがままの敗北” 『ワンダーウォール』の“続編”とも言える『ここぼく』

 土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』(NHK総合)は名門大学の広報マンが数々の問題に巻き込まれていくブラック・コメディ。全5話のうち2話までが放送された。とても骨太ながら、手触りは柔らかく、ユーモアもふんだんなそれは、悲しくも美しき敗北の物語でもあった。

 テレビ局のイケメンアナウンサーであった神崎真(松坂桃李)は、「何も言えないですねえ」と問題あることを何も言葉にすることなく曖昧にしてお茶を濁すことで好感度を保っていた。AIじゃないかとまで言われていた彼が、若手イケメンポジションとしてはもう若くなく、ベテランポジションに届くこともなく、進退に悩んでいたところ、学生時代の恩師・三芳教授(松重豊)が総長になった名門・帝都大学の広報にスカウトされ、転職する。

 大学は経済的に困窮していて、学費を上げるため大学の好感度をあげたい。そのためにも調子のいい広報が必要だった。余計なことを言わない真はふさわしい存在とみなされる。そんな折、真は理事たち(國村隼、岩松了、古舘寛治、温水洋一、斉木しげる、坂西良太)に呼び出される。帝都のスター教授でノーベル賞受賞が期待されている岸谷(辰巳琢郎)の論文改ざんを内部告発したポスドク(非正規研究員)・木嶋みのり(鈴木杏)を“取り込んで丸め込み、やっかいな火種を消す”ように影の実力者・須田理事(國村隼)に言い含められる。直接そう言われたわけではない。「久しぶりに再会してみてはどうかな」「相談に乗ってあげたまえよ」と言われただけだ。が、真はその言葉の真意を汲み取れないほど鈍くはない。察しはいいけれど都合のいいこと悪いことをうまく切り分けることに長けている彼はそうやって面倒なことを見ないフリしてこれまで生きてきた。

 大学時代に3カ月ほど付き合ったらしいみのりのことを真はよく覚えていない。彼女もまた真にとって見ないふりしてそっと脇に置いてしまう存在だったのである。そんな彼が“神”崎“真”という名前なのだから皮肉としか言いようがない。

 不実な真はみのりに感じ良い顔をして接近していく。その頃、大学の新聞部が岸谷の不正疑惑を学生新聞に書きたて、それがネットに拡散されてマスコミにも注目される。新聞部部員(坂東龍汰・吉川愛・若林拓也)に「いまこの国の言論の自由について危機感を持っているはずですよね」などと言われ、それも正論と思いはじめる真に「正論、だめ、絶対」と事なかれ主義の上司(渡辺いっけい)はたしなめる。学内にはつねに正論で戦う室田教授(高橋和也)がいるが、彼の正論は常にスルーされていた。

 正論はつまらないと言われがちだが、つまらないとか面白いとかいう問題ではなく、まともな意見が無視されることはなんて悲しいことだろう。みのりに助教授のポストを用意することを条件に論文改ざんの告発を撤回するよう交渉するよう理事から言われた真は、彼女をおしゃれな店に呼び出す。調子いいことを言って極上な笑顔で懐柔しようとすると、「最初から全部お見遠しだから」とみのりは拒否する。いつも化粧っ気のない彼女が出かけにそっと口紅を塗っていたからこそ彼女の拒絶には身を切るような痛みがある。

「私は……日本の科学研究にあるべき姿に戻ってほしいだけだよ」
「資金資金資金ってお金のことばかりに夢中になって。あまりに歪にゆがんでしまってもう絶対このままじゃダメだってみんな分かってる。だけど誰も止められない」

 みのりの言葉には叙情的な単語はほとんど出てこない。論理的な言葉しか並んでいない。けれどその言葉の選択と連なりには彼女の生真面目さと激しい情熱が燃えている。決して感情を真に投げつけない。ただひたすらに正しく伝わってほしいという聡明な願いがある。

「世界は私の相手をしてくれる。本気で真剣に正直に。研究の喜びを取り戻したい。自分と現場に」

 鈴木杏がこの難しいニュアンスをもったセリフを実に見事に理解し吸収し、一過性でない木嶋みのりの人生そのものとして発しているように聞こえる。そこにかかるピアノの劇伴。ピアノを寸分たがわぬ正しく調律された楽器を譜面どおりに演奏しても激しい熱情が湧き出すことがある。みのりの言葉はまるでピアノのようだ。

 彼女の真(まこと)ある言葉は三芳や秘書(安藤玉恵)を涙させ本調査を開始させることになる。つねに意味のない言葉を吐き出す真と、人の心を動かすみのりの言葉は大きな違いがあった。

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