『キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱』が描く“女性が強く生きること” 希望の光がそこに

映画『キュリー夫人』が描く“女性の生き様”

 そんなピエールは1906年、馬車に轢かれ46歳という若さでこの世を去った。哀しみに打ちひしがれる中、マリが後に不倫関係に陥るポール・ランジュバンに何気なく放った「弱い私でいたい」という一言が胸を突く。

 思い起こされたのは、2021年の東京大学入学式において社会学者の上野千鶴子が述べた「フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です」という祝辞の一節だ。(※1)弱者の定義は時代によって異なるが、当時はそれだけで差別された女性であり、移民であるというハンディキャップをマリは背負っていた。強くあろうとすることを諦め、弱者として振る舞うことは、それ即ち隙を見せることであり、脅威をはらんでいた。しかし、安心して強くあるための弱さをさらけ出させるその人こそ、マリにとってはピエールだったのだ。今も昔も状況は違えど、女性が生きづらいという事実は変わらない。しかし強く生きようとしたマリ、そしてピエールという良きパートナーと過ごした日々には、今を生きる私たちにとって希望と勇気を与えてくれるヒントがある。

 がん細胞を死滅させるだけの強さを持つがゆえに、人体に多大なる影響を及ぼす放射線。キュリー夫妻もまた長年の放射性物質の研究で被ばくし、咳や白内障などの症状を訴えていたようだ。

「私たちを弱くするものが、2人の強みね」

 映画のラスト、フィクションとして作り出されるキュリー夫妻の再会シーンでマリはそう語る。愛も同じ。人を強くも弱くもする。2人の姿を通してその切なさと尊さを同時に描き出した本作。主演のロザムンド・パイクはただ聡明で毅然たる天才科学者としてだけでなく、マリの激しい内面をもありのままに表現した。そんな彼女がオーディション会場でピエール役のサム・ライリーと出会った時の印象を「私の中のマリが反応した」と語っている。(※2)ピエールの温かい眼差しを受けながらマリの内から人間らしさが溶け出していくような、2人の関係性を見事に映すパイクとライリーの名演にも注目を。単なる伝記に留まらない愛の物語は時を超えて、いま私たちの胸に迫るものがある。

参照

※1. https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html
※2. https://www.youtube.com/watch?v=a4caXB7qpfU

■公開情報
『キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱』
kino cinéma 横浜みなとみらいほかにて公開中
監督:マルジャン・サトラピ
脚本:ジャック・ソーン
製作:ティム・ビーヴァン
出演:ロザムンド・パイク、サム・ライリー、アナイリン・バーナード、アニャ・テイラー=ジョイ
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
2019年/イギリス/英語/110分/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:Radioactive/字幕翻訳:櫻田美樹/G
©︎2019 STUDIOCANAL S.A.S AND AMAZON CONTENT SERVICES LLC
公式サイト:https://movie.kinocinema.jp/works/radioactive

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