『あなたのブツが、ここに』は “withコロナ”を生きるすべての人への応援歌

『あなブツ』はコロナ禍を生きる人への応援歌

 気づけば、世界がコロナ禍に飲み込まれてから2年半以上の月日が経っていた。その間にもエンターテインメントの作り手たちは「Show Must Go On」の精神で、その都度、「今だからこそ作る意義がある」ドラマを生み出してきた。緊急事態宣言下で通常の撮影が行えなかった2020年春には、リモート撮影を取り入れた実験的なドラマが続々と登場した。同年夏以降に制作されたドラマには、現実世界とリンクして登場人物がマスクをしている作品がいくつもあった。あるいは逆に、「こんな時だからこそ現実から離れて楽しんでほしい」との願いからか、顕世とは全く別次元のファンタジーを描いた作品もあった。

 そんな中、この夏放送を開始した「夜ドラ」『あなたのブツが、ここに』(NHK総合)は、コロナ禍が始まってから2年半の今だからこそ描けるドラマと言えるかもしれない。これまでに登場した「コロナ禍ドラマ」のどれよりもリアルで、どれよりも切実だ。

 物語の始まりは2020年10月。キャバクラに勤める29歳シングルマザーの主人公・山崎亜子(仁村紗和)は、コロナの煽りを受けて経済的危機に陥る。来月の暮らしを案ずるほどの状況の中「弱り目に祟り目」、給付金詐欺に遭い一文無しになってしまった。店の客で「マルカ運輸」の社長である葛西(岡部たかし)の口利きで仕事を得て、昼は宅配ドライバー、夜はキャバ嬢と、二足の草鞋を履いて再起をはかる。

 亜子と娘の咲妃(毎田暖乃)の日常を映しながら、劇中のニュース番組が2020年10月時点の「全国の感染者数」を伝える。「この頃は400人台で大騒ぎしてたのか……」などとテレビの前で独りごちてしまい、現在の「麻痺」っぷりが恐ろしくなるが、まだワクチンも認可されていない中「未知のウイルス」と闘っていたあの頃は、今よりももっと世の中に「しんどさ」が蔓延していた気がする。

 生活が立ち行かなくなった亜子は、咲妃とともに母・美里(キムラ緑子)の元に身を寄せる。しかし美里自身も、コロナ禍で最も打撃を受けた「飲食業従事者」のひとりだった。美里が尼崎の商店街で経営するお好み焼き屋は、コロナ前から比べて売り上げが8割落ちてしまったという。それでもまだ店をやめないはなぜか、という亜子の問いに美里が答えた言葉があまりに真に迫っていて、鼻の奥がツーンとなる。

「いったん休んだらな、もう立ち上がられへん気ぃするんよ。逆に、このまま乗り切れたら 何があっても大丈夫な気ぃするし。商店街の他の店もみんな同じ気持ちや思う。今さらあとには引かれへん」

 さらには、亜子が勤めていた店「バベル」が時短営業の末、とうとう休業に。その際、身の振り方について訊ねられた亜子の同僚キャバ嬢のノア(柳美稀)の“啖呵”にも痺れた。

「私はキャバ続ける。ここが休業するんやったら指名のお客引っ張っても文句言われへんやろうし。今さら引かれへん。頑張りましょうね」

 亜子も他店の面接を受け続けるが、コロナ恐慌の中、29歳の女性をフロアレディとして雇ってくれる店はない。政治家たちが「夜の街関連」などという言葉を使って、アルコールを提供する夜間営業の飲食業をスケープゴートに仕立て上げていた陰で困窮していた数多の市井の人々の心情が、ヒリつくほどのリアリティで、観る者の心に迫ってくる。

 娘の咲妃は転校先の学校で、「母親が夜の商売をしている」という理由で男の子から「ノーコー接触!」とからかわれてアルコールスプレーを噴射され、いじめられていたが、慣れない宅配の仕事で奮闘する亜子にそれを言わずにいた。「(ママと)一緒にがんばってるつもりやったから」という咲妃の健気さに泣けてしまう。しかし、このドラマは視聴者からの「憐憫」を欲していない。作品としての佇まいが終始、凛としている。

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