宇野維正×森直人×佐々木敦が語り合う、60年代のジャン=リュック・ゴダール作品とその人柄

宇野維正×森直人×佐々木敦がゴダール語る

ゴダールに怒られたことがある宇野維正

女は女である
『女は女である』(c)1961 STUDIOCANAL IMAGE - EURO INTERNATIONAL FILMS, S.p.A.

宇野:そうだ、デリケートって話で思い出したけど、ひとつだけ武勇伝があるとしたら、俺、ゴダールに怒られたことがあるんですよ。

佐々木:おおお。

森:すごいじゃないですか(笑)。

宇野:俺が、『Cut』っていう雑誌の編集部にいた頃で、何のときだったかな……『ゴダールの映画史』(1998年)か。そのパッケージが出るときのプロモーションで、ゴダールのインタビューができるかもしれないっていう話があって。

佐々木:ああ、その頃、珍しく結構取材を受けていましたよね。

宇野:そうそう。いまだに忘れられないけど、井川遥さんが表紙の号で、井川遥とゴダールの名前が、でっかい文字で表紙に並んでいるっていう。

――これですね。2002年5月号「誰も知らない井川遥/愛と革命のゴダール」。

宇野:頭おかしい表紙だよね(笑)。で、その時の取材は結局、対面じゃなくて、質問を送って、それに答えてもらうみたいな形になったんだけど、みんなが聞くようなことを聞いてもしょうがないじゃないですか。だから、敢えてちょっと変な質問をいっぱい入れてみたら、そのあと送り返されてきたファックスに、「成瀬巳喜男、溝口健二の国のジャーナリストから、こんな下劣な質問をされるとは、まったく予想していなかった」みたいなことが、本人直筆の筆圧の高い字で書き殴られていて……。

森:(爆笑)めちゃめちゃ怒られてるじゃないですか!

宇野:そう。さっき森さんが、極端にデリケートか、極端に雑な扱われ方をされているって言っていたけど、やっぱり本人はデリケートに扱わなきゃダメなんですよ。

森:そりゃあ当然でしょ(笑)。ちなみに、どんな質問を送ったんですか?

宇野:や、たとえば、「あなたは実は、すごくギャンブルが好きだと聞いたことがあるんですけど、実際のところどうなんですか?」とか。

森:「愛と革命のゴダール」に関係ないじゃん(笑)。度胸あるな~。

佐々木:その話、面白いな(笑)。

宇野:あと、「あなたはこれまでどの作品でも映画の中で車を見事に描写してきましたが、個人としてどのような愛車遍歴を経て、今は何に乗っているんですか?」とか。

森:さすが「MOVIE DRIVER」!!(笑)。宇野さん、最高だな。

宇野:そういう、絶対誰も聞かないようなことを、「一応、あなたの映画はずっと観てきて最大限の敬意を持ち合わせてはいますけど、敢えてその周辺の具体的なことを聞きたい」とかいって、ちょっと下世話な質問をいくつか入れてみたら、怒る、怒る。

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森:それで思い出しましたけど、数年前に、アニエス・ヴァルダのドキュメンタリー映画があったじゃないですか。

――ゴダールとも親交の深いアニエス・ヴァルダ監督が、フランスの写真家/アーティスト・JRと一緒に作ったドキュメンタリー映画『顔たち、ところどころ』(2017年)ですね。

森:そうそう。あの映画の最後で、アニエス・ヴァルダとJRの2人が、スイスのゴダールの家まで訪ねていくんだけど……。

佐々木:家の前に書き置きだけあって、居留守なのか何なのかわからないけど、結局ゴダールは会ってくれないんだよね。で、そのまま映画が終わるっていう(笑)。

森:そうそう。だから、ゴダールの「人柄」というものを考えるなら、もちろん性格悪いんじゃないですか、やっぱり。

宇野:まあ、気難しいジジイであることは間違いないですよ。逆に、そうであってくれとも思うし。

森:いまの時代って作家の「人柄」を作品同様に重視する風潮が強いと思うんですよ。ミア・ハンセン=ラヴの『ベルイマン島にて』(2021年)で、イングマール・ベルイマン監督は凄い映画をたくさん撮ったかもしれないけど、本人は身勝手な女好きの仕事中毒で、子育てもロクにしなかった糞オヤジだって微妙にディスられてたでしょう(笑)。その意味でいうと、確かに高慢な白人インテリ男としてのゴダールの「株価」は結構危ないかも?

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――ちょっと話が脱線してしまったので、最後に改めて今回の4本について触れましょうか(笑)。この4本だったら、みなさん、どれがオススメですか?

佐々木:やっぱり、個人的な好みで言ったら、『はなればなれに』かな。この映画って、特殊な形で観る機会はあったけど、ちゃんとした形で日本公開されたのって、2001年とかだったじゃないですか。

はなればなれに
『はなればなれに』Bande à part, un film de Jean-Luc Godard. (c)1964 Gaumont / Orsay Films.

――パッケージも出てなくて、高い評判は聞きつつも、なかなか観ることのできない映画だったんですよね。

佐々木:そう。だから、初めて観たときの「やっと観れた!」っていう思いもあったし……あと、この映画は、この時代の他のゴダール映画と、少し違うトーンがあるじゃないですか。そこもグッときたんだよね。というか、「はなればなれに」っていうタイトルが、やっぱりいいですよね。さっきのタランティーノの話じゃないけど、「これ、英語だと“バンド・アパート”っていうんだ」って思って。まあ、『女は女である』も、大好きですけど。

――宇野さんは?

宇野:やっぱり、アンナ・カリーナ史上、アンナ・カリーナがいちばん可愛い『女は女である』かな。『女と男のいる舗道』とかも、初めて観た頃は大好きだったけど、今になって考えてみたら、まだ十代だった頃から映画出演をダシにしてアンナ・カリーナと付き合ってて、その上で自分の恋人に娼婦の役(『女と男のいる舗道』)やストリッパーの役(『女は女である』)を演じさせてるのって、ちょっと引いちゃうところはある(苦笑)。原題そのままだけど『女は女である』っていうタイトルとかも、「東京の女の子、どうした?」感が、だいぶあるっていう。

女は女である
『女は女である』(c)1961 STUDIOCANAL IMAGE - EURO INTERNATIONAL FILMS, S.p.A.

――(笑)。森さんは?

森:僕が、ゴダールの映画の中でいちばん好きなのは、今回のラインナップには入ってないんですけど、やっぱり『気狂いピエロ』なんですよね。あの映画は、もう「永遠の青春」そのものっていうか。いつ観ても、ちょっとカラダが火照るくらいに心がアガるんですよ。

宇野:まあ、そうだよね。

森:で、その次に好きなのが、『はなればなれに』。さっき、ハートリーの話が出ましたけど、この映画って、それこそのちのアメリカン・インディーズ映画みたいな感覚で観られるというか。もちろん、順番的には逆なんですけど、例えばジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)の中で、エディ役のリチャード・エドソンがアーガイル柄のカーディガンを着てるじゃないですか。『はなればなれに』ではゴダールそっくりの見た目になっているクロード・ブラッスールが、同系柄のニットを着用していて、「あっ、ジャームッシュにはこの記憶が残っていたのかな」って思ったり。同じモノクロームだし、女ひとりに男2人っていう構図も同じですからね。だから、自分的に馴染みがめちゃめちゃいいんですよ。

宇野:なるほどね。

森:あと、この映画って、ちょっと笑えたりもするし、すごくチャーミングな映画じゃないですか。ハートリーが『シンプルメン』でオマージュを捧げた、いわゆる“マジソン・ダンス”と言われているカフェで3人が踊るシーンもすごくいいんですけど、3人でルーブル美術館を走り抜けるシーンも、僕は大好きで。

佐々木:あのシーンは、最高ですよね。

森:はい。実はこれってゴダール先生自身はあまり気に入っていないらしくて、失敗作と位置づけているんですけど、観る側にしてみれば、とんでもない多幸感がある。だから、『はなればなれに』は、作品として奇跡が起こっているというか、「理屈抜きのゴダール」の宝石として、もうホントに好きなんですよね。

(近日掲載予定の後編に続く)

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■配信情報
『女は女である』
『女と男のいる舗道』
『はなればなれに』
『恋人のいる時間』
ザ・シネマメンバーズにて配信
ザ・シネマメンバーズ公式サイト:https://members.thecinema.jp/

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