亀山千広Pが明かす、『踊る』シリーズへの“責任” 『室井慎次』に込めた“終わり”の在り方
『踊る大捜査線』(フジテレビ系/以下『踊る』)シリーズの12年ぶりの最新作となる映画2部作『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』が立て続けに公開され、大きな反響を呼んでいる。
※本稿は『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』の結末に触れています
柳葉敏郎が演じる室井慎次は、シリーズの最初では青島俊作(織田裕二)たち湾岸署の刑事を抑圧する警視庁の官僚として登場。しかし、次第に青島たちと心を通わせるようになり、本庁と所轄の垣根を取り払った理想の捜査を目指す男へと変わっていった。
今回の映画2部作は、室井慎次のその後を描いた作品となっている。警察を辞めて秋田で里親をしながら暮らす室井の物語は『踊る』シリーズ最大の異色作となっていた。27年という作品が積み上げてきた時間がなければ成立しなかったという意味においては、『踊る』シリーズでなければ実現しなかった作品だとも言える。
監督は本広克行、脚本は君塚良一、プロデューサーは亀山千広。『踊る』シリーズの中心メンバーが12年ぶりに一堂に会して作り上げた室井慎次の物語は、どのような経緯で生まれ、何を描こうとしたのか?
現在はBSフジの代表取締役社長を務め、『踊る』シリーズのプロデュースを担当してきた亀山に話を聞いた。(成馬零一)
当初のプロットでは『踊る』の要素は全くなかった
ーー今回の映画は、どのような経緯で始まったのでしょうか?
亀山千広(以下、亀山):2022年12月に、突然、君塚(良一)さんからメールが届きました。手掛けられた作品の感想を伝えるといったやり取りはそれまでもしていたのですが、仕事につながるようなメールは本当に久々で。『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(以下、『踊る FINAL』)以降、僕はクリエイティブの現場を離れて、全く別の神経を使う仕事をしていたので、驚きました。
ーーメールはどのような内容だったのでしょうか?
亀山:「室井慎次(柳葉敏郎)の終焉を書きたい。本広、君塚、亀山の3人で仕事をしたい」ということが書かれていました。
ーー君塚さんの発案で『踊る』関連の企画が始まったことはこれまでもあったのですか?
亀山:初めてです。『踊る』に関連するメール、それも「室井慎次の終焉を描きたい」という内容に驚きました。その後、すぐにお会いして話をお聞きしました。
ーー君塚さんはなぜ「“室井の終焉”を書きたい」と思われていたのですか?
亀山:君塚さんは『教場』(フジテレビ系)シリーズの脚本を5年間ほど書かれていました。『教場』は『踊る』とは全く違うドラマですが、同じ警察が舞台で、風間公親(木村拓哉)も室井慎次も孤高で孤独で、誤解されることを恐れず信念に従って突き通していく男です。よりクールな方が風間だと思いますが、そうなると「室井は今、何してるんだろう?」と思い始めたのだと言ってました。『踊る FINAL』のエンディングは室井も青島もすみれ(深津絵里)も次の進路に向かって動き出している終わり方でした。でも、「実は僕らは何も終わらせてないんじゃないでしょうか?」と君塚さんから言われたんです。確かにそうだなと。
ーー『室井慎次』2部作のストーリーはいつ頃決まったのですか?
亀山:室井が警察を辞めて秋田で暮らしている話にすることは最初に決まりました。君塚さんの中でも「室井の死を描く」イメージは当初からできていたみたいです。最初に考えた企画案のタイトルが『室井慎次 愛と死』で、農業をやりながら里親として子供を育てる中で地元の人たちとの軋轢を描くという内容は、その時点で出来上がっていました。
ーープロットを読んで、亀山さんはどう思われましたか?
亀山:大きな組織に血を通わせようとした男(室井慎次)がそれを成せなかった中で、組織の最小単位である血のつながらない家族に血を通わせ、地域というコミュニティに血を通わせる。それは室井の組織改変なのだと僕は解釈しました。「モノクロでロシア映画みたいにしたい」と君塚さんが言うので、「それは勘弁してください」と言ったんですけど(笑)。
ーー当初はBSフジで全4話のドラマを想定していたそうですね。
亀山:室井の最後を見せるのなら、2時間のスペシャルドラマで終わらせるのではなく、もう少し長い時間の中で見せていきたいと提案をしました。ですが、企画を進めていく中でBSフジでは、この作品を映像化する体力がないことがわかってきて。同じ頃、『踊る』のIPやコピーライト(著作権)はフジテレビにあるので相談したら「映画はいかがですか?」と提案いただいて。ただ、2時間で室井の最後を描きたくないので、せめて前後編にしてくれと伝えたら、東宝さんと掛け合ってくれて、前後編の映画という形がやっと決まりました。
ーー本広監督の反応はいかがでしたか?
亀山:コメディのかけらもない映画だったので、本広監督は逃げたくてしょうがなかったみたいで、夏場に考えすぎたせいなのか、熱中症で入院したんです。そんなに嫌がっているのかと。当初のプロットでは「事件」が全く起こらない地味な話だったんです。
ーー『踊る』の要素は薄かったということですか?
亀山:全くなかったです。杏(福本莉子)が日向真奈美(小泉今日子)の娘というプロットも当初はあったのですが、本広監督がやめましょうと言ったので外して、全く関係ない凶悪犯の娘にしました。その娘が洗脳するから、小さい子が万引きをしたり放火するのを室井が謝り倒す中で、コミュニティと関わり、その子たちが更生して、コミュニティを一つにしていく話で。カッコよく言えばクリント・イーストウッド監督作『グラン・トリノ』のようなイメージでした。が、企画はなかなか軌道に乗らずで。
ーー難産だったんですね。
亀山:柳葉さんもOKしない。本広監督も「うん」と言わない中、「2人で会えませんか?」と君塚さんに連絡しました。長い付き合いだから君塚さんも何か言ってくることは、わかっていたみたいで、お会いした瞬間に「本広監督が乗らない理由は、ヘリコプターが出てないからです。事件を考えます」と。そこから死体が室井の家の対岸から出てくるというプロットになっていったんです。「この死体は誰なんですかね?」という話になったところで『踊る大捜査線 MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(以下、『踊る2』)に登場した犯人グループがやったことにして、やっぱり杏は日向真奈美の娘にしようと。「僕が小泉(今日子)さんを、なんとか口説いてきますから」と言いました。それから2日ぐらいかけて君塚さんが事件の要素が入った脚本を新しく書いてくださって、そのホンを読んだ瞬間、本広監督も覚悟を決めたのだと思います。
『踊る』を背負わせてしまった責任が僕ら3人にはある
ーー『踊る2』の犯人グループが登場して、日向真奈美が登場したことで『踊る』シリーズ全体を振り返る映画になったように思います。
亀山:本広監督とは初期の段階で、過去素材をたくさん使うことは決めていました。君塚さんに書いてもらうのではなくて、過去素材をどう使っていけば今の室井の心情にハマっていくのかと考えました。ですので、プロジェクトを立ち上げた段階で、各事務所には過去素材を使わせてくださいとお願いし、特に織田(裕二)さんの事務所とも、頻繁に連絡を取り合っていました。
ーー青島の登場も驚きました。
亀山:やはり室井の想いを託されるのは青島しかいないだろうという機運が我々の中で高まり、相談にいきました。
ーー『生き続ける者』の結末についても聞かせてください。
亀山:ファンの方にとっては、自分と同じ時間を生きてきた室井が亡くなるのはショックだったかと思いますが、一つだけ皆さんに理解していただきたいのは、室井に対する思いを柳葉さんは私たち以上に持っていること。だからこそ、室井のような役はこれまで全て断ってきた。「役者としての柳葉さんはもっとできる人なのに、僕らが可能性を狭めているんじゃないか?」「柳葉さんを室井から解放してあげたい」という思いがあったことも、君塚さんから初めに聞かされました。撮影を終えて、柳葉さんと身内だけで打ち上げをやった時は肩の荷が下りたのか、本当に楽しそうでした。最近はバラエティ番組にも出演されていますが、はっちゃけ具合がすごくて。『酒のツマミになる話』(フジテレビ系)も観てください。室井とは完全に別人です(笑)。元々、バラエティのセンスがある方だったのですが、事務所の方も「勘が戻ってきた」って言ってますからね。これまで本当に室井としてあり続けてくれていたんだなと思いました。
ーー それだけ『踊る』という作品が、多くの方の人生に影響を与えていたということですね。
亀山:今回お会いして、織田さんも青島をずっと背負っているのだと、改めて感じました。君塚さんが「3人」でやりたいと言ったのはノスタルジーではなくて、『踊る』を背負わせてしまった責任が、僕ら3人にはあるんじゃないかという意味でもある。僕としても「ほかの仕事があるからプロデューサーはできない」という言い訳はできない。だから本広監督には「一緒にいるからやろう」と言ったし、柳葉さんの側にもいてあげなきゃいけないと今回は思いました。『踊る FINAL』の終わり方は、ドラマ作りとしては正しかったのかもしれないですが、結局、彼らの物語は続いていくということ。プロジェクトが大きくなりすぎてコントロールが難しくなっていく中で、何かをやらなければならないプレッシャーに負けて、『FINAL』と称して勝手にシリーズを終わらせてしまったのだと、12年経って思いしらされました。