『さよなら、バンドアパート』が描くバンドマンのリアル ほろ苦くも爽快な物語が映す希望

リアルを描く『さよなら、バンドアパート』

 ファンの目に触れているバンドマンの姿は、言わずもがな表舞台で輝いている面だけだ。SNSやブログのように、バンドマンみずからが自身の生活や心のうちを自身の手で綴り、それを目にすることができる機会はインターネットの普及とともに増えたが、それだって、バンドマンがバンドマン自身の意志で選び取った、そのバンドマンが持つたくさんの顔のうちのひとつでしかない。

 7月15日より公開される映画『さよなら、バンドアパート』は、そんなバンドマン自身がみずからの手で描いた、リアルなバンドマンの人生を切り取った小説が原作となった物語だ。原作はQOOLAND、juJoeといったバンドで活躍している現役ミュージシャン、平井拓郎。映画本編は、彼自身もバンド人生の中で通ってきた、そして現在も身を置いている、表舞台の輝かしいロックバンドの活躍を象徴するようなシーンから始まる。ステージへ向かうバンドマンの背中。場所は渋谷クラブクアトロだろうか。合間にインサートされるのは、主人公・川嶋(清家ゆきち)がライターで煙草に火をつける音。火種がくすぶる音。揺れる紫煙。

 一方、物語の前半の川嶋は決してロックバンドへ明確な憧れを抱いているようには見えない。垣間見えるのは、ひとりで曲を書き、詩を書き、ギターをつま弾いて心の丈を歌う少し孤独な姿。古着屋でアルバイトをし、変わり者のオーナー(竹中直人)に父親のように見守られながら、宙ぶらりんな生活をしている。たゆたうようなボサノヴァが彩るBGMも相まって、どこか夢を見ているような、足元がおぼつかない感覚を覚える。

 彼の心には3人の女性がいる。永遠の幻のように川嶋の回想に登場する初恋相手の美咲(高石あかり)、ひょんなきっかけからバイトすることになったメイド喫茶で出会うアイドル志望のユキナ(梅田彩佳)、そして運命的な出会いをする、奔放で危なっかしいが時に母親や父親のように川嶋を激励する既婚者のユリ(森田望智)。こう書くと、まるで女性たちとの出会いを糧にして主人公が成功へとのし上がっていく、わかりやすいサクセスストーリーのように思えるかもしれないが、この映画は決してそうではない。それは3人のヒロインたちがそれぞれ人間的にとても魅力的な存在として描かれているからというのも大きいが、それ以上に、この物語を出世したバンドマンの想い出話として捉えるには、川嶋がバンドマンとして辿る道のりがあまりに険しすぎるからだ。

 とある苦い出来事をきっかけにユキナやメイド喫茶の女性たち、そしてユリとの別れを経験した川嶋は、5年後、地元大阪で出会った仲間とバンドを組み、上京し、メジャーデビューにまで漕ぎつける。まるで夢のような展開だ。ここで川嶋たちのライバルとして登場するのが、実在のバンドであるcinema staffとKEYTALK。彼らが実際にライブハウスの舞台にセットを組み、オーディエンスの前で普段のライブのようにパフォーマンスする姿がインサートされることで、それまでは川嶋の記憶の中を覗いているような抽象的さを持っていた物語が、ドキュメンタリーのようなリアリティを湛えていく。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる