『天気の子』を連想させる? 1970年代ハリウッド近郊を再現した『リコリス・ピザ』
凝りに凝った1970年代のハリウッド近郊の空気の「再現」
この『リコリス・ピザ』のさらなる魅力は、1970年代のハリウッド近郊の空気の「再現」だろう。ありとあらゆる実際の地名や店や施設が登場し、当時のその場所を知らない人にとっても、不思議と懐かしさを覚えるのではないか。その舞台があってこそ「青春を走り抜ける」かのような物語と演出がとても尊くかけがえのないものとして映る。
店の中に置かれたピンボールマシンなどの小道具、もちろんファッションやヘアスタイルなど、雑多ではあるが若者が青春を謳歌している空気そのものが多幸感に満ちていて、それを劇場で体験することにこそ、本作の最大の価値があるのではないか。さらに、60〜70年代に流行った楽曲も当時の空気感を蘇らせていて、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドの劇伴も印象的だ。
なお、主人公のゲイリーのモデルは、子役として活躍したのち、音楽制作、テレビ番組プロデューサー、映画プロデューサーなど多岐にわたって活躍したゲイリー・ゴーツマンであり、彼がウォーターベッドを販売していた店も実在している。新しいビジネスの興隆がリアルに描かれているのは、本物のゲイリー・ゴーツマンに少年時代やウォーターベッド店での経験談を実際に聞いたおかげでもあるのだろう。
さらに面白いのは、中盤にはカーアクション、もとい「ガス欠になったトラックをなんとかして坂道の下まで運転する」というサスペンスシーンもあることだ。ここでトラブルの元となるブラッドリー・クーパー演じる極端なキャラクターとの絡みは、吹き出してしまうくらいのおかしみにも満ちていたりもする。こうした若者たちの危うい冒険もまた『天気の子』と通ずるところだったりもする。
巻き起こった差別的な描写への批判
本作で激烈な批判が巻き起こったことがある。それは、アジア人への差別的と取られる描写だ。日本食レストランのオーナーが、日本人の妻に対して「日本語なまりの英語」を話す場面があり、差別的な描写がある本作をアカデミー賞ノミネートに値しないという申し入れがされていたこともあった。その日本人の妻が、日本語で一辺倒な罵倒をすることも、おかしみを覚える前に不快に感じてしまう方もいるだろう。
その日本人の妻の描写は、やはりステレオタイプに見えてしまうし、物語に必要だったとも思えない。ただ、個人的には劇中の1970年代、今よりもさらに人種差別の問題意識が低い当時だからこその、作り手も認識しているはずの「ひどい女性の扱い方」「間違っているジョーク」「それを差別とも思ってもいない浅ましさ」として俯瞰的に示されているようにも思えたし、描写としてもしつこいものではなかったが、やはり過度に気になってしまう方はいるだろう。かつては『ティファニーで朝食を』でも日本人の描写が差別的であると大きな問題となっていたが、現代でも批判の的になったことは重く受け止めねばならない。
だが、その議論が巻き起こったこと、そして劇中の時代に(もちろん今でも)人種差別の問題があったことを再認識することは、意義深いことであるとも思う。その是非も含めて論じる目的でも、劇場でご覧になってみてはいかがだろうか。
■公開情報
『リコリス・ピザ』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督・脚本・撮影:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ
配給:ビターズ・エンド、パルコ ユニバーサル映画
(c)2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:licorice-pizza.jp
公式Instagram:@licorice_pizza_jp
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