劇場版公開を機に紐解く『輪るピングドラム』 より暗くなってゆく時代へのアンサーとは

劇場版公開を機に紐解く『輪るピングドラム』

 TVアニメ『輪るピングドラム』の放送から、およそ10年の時を経て、新作パートを加えた総集編として、新たに構築された『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [前編]君の列車は生存戦略』が、劇場公開された。

 『輪るピングドラム』は、『美少女戦士セーラームーン』の一部シリーズや劇場版で評価を高め、さらには女性の自由意志をテーマとした伝説的といえる『少女革命ウテナ』を生み出した、日本のアニメーション界の異才・幾原邦彦監督が2011年に発表したTVシリーズだ。ギャグが散りばめられたポップなラブコメ作品のかたちで提出されながら、ところどころに異様な表現が飛び出し、数々の暗喩や、実際の重大事件を思わせるシリアスなテーマが表れる複雑な内容は、放送当時アニメファンの間に大きなインパクトを残した。

 とはいえ、その描き方が難解で謎めいたものだったために、十分に理解されなかったのも事実。毎エピソードごとに熱心なファンの間で内容が考察されたり、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で審査委員会推薦作品に選ばれるなど、反響は小さくなかったものの、『美少女戦士セーラームーン』のシリーズのような広い層に届く作品にはなり得ず、『少女革命ウテナ』ほど熱狂的な人気を得られなかった作品だったといえるのではないだろうか。

 しかし、今回の上映で内容をもう一度振り返ることで、作品に新たな生き生きとした力が与えられているように感じたのである。重要な場面を中心に再編集したものをまとめて鑑賞することで、ストーリーがより分かりやすくなったこともたしかにあるだろうが、10年の月日が過ぎたことにより、まるで熟成したワインのように、作品はその味わいを変化させ、描かれていた要素が肌感覚をともなって迫ってくるのである。その意味で、『輪るピングドラム』は、早く登場し過ぎた作品だったのかもしれない。

 ここでは、新たに編集され装いを変えて再登場した本作『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [前編]君の列車は生存戦略』を基に、現在から見る新たな『輪るピングドラム』の姿について考えてみたい。

新作カットから始まるTVシリーズの総集編

 TVシリーズ、2クール24話の、およそ半分までが編集された本作は、新作パートからスタートする。まず舞台となるのは、池袋の「サンシャニー国際水族館」。モデルとなった池袋の「サンシャイン水族館」を映し出した実写映像とアニメーション表現をミックスさせた、不思議な印象のカットが続く。

 そんな水族館に現れる、本作のメインキャラクターである、赤い髪が特徴の冠葉(かんば)と青い髪の晶馬(しょうま)は、ここでは小さな少年の姿となっている。彼らは、今回新キャラクターとして登場する、謎の赤ちゃんペンギン「プリンチュペンギン」を追いかけ、エレベーターから地下61階という、あり得ないベースメントにまで降りて、TVシリーズ第9話に登場した「中央図書館」に酷似した場所にたどり着く。

 この中央図書館は、かつて冠葉と晶馬が、妹の陽毬(ひまり)とともに暮らした荻窪に実在する、「杉並区立中央図書館」によく似ている。池袋の高層ビルの地下深くに、荻窪の図書館があるというのは、ここが個人的体験に基づいた幻想の世界だということを表していると考えられる。そこで冠葉と晶馬は、TVシリーズで陽毬がそうしたように、なぜか村上春樹が大災害をテーマに書いた短編『かえるくん、東京を救う』を探し始める。

 さらに2人は書物を求め、仕掛け扉を開けて図書館の隠された奥のフロアーへと導かれる。そこは、「そらの孔(あな)分室」。限りなく広がる本棚には、あらゆる“記憶”を記した書物が並べられている。まるで作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスが頭の中で創造した、広大な「バベルの図書館」のようでもあり、アニメーション映画『銀河鉄道の夜』(1985年)に登場する、不気味な美しさを湛えた「プリオシン海岸」のようでもある。冠葉と晶馬は、そこである意外な人物に促され、かつて彼らが高校生の高倉冠葉であり、高倉晶馬であった頃の記憶を辿っていくこととなる。

 ここから始まるのが、TVシリーズの総集編である。プレイボーイで女子の扱いには慣れているが、数々の別れた女子たちから「恋愛被害者の会」を結成されてしまっている冠葉、その弟で、料理が好きで穏やかな性格であるが、存在感が薄く周囲の人間に振り回されている晶馬、そして、天使のように可憐で、2人の兄に可愛がられている妹・高倉陽毬。そんな子どもたち3人が、荻窪の片隅にある小さな平家で身を寄せ合って暮らしている。そんな高倉家のささやかな幸せの日々は、治療不能の難病を患っている陽毬が、家族の幸せな思い出となっている水族館で倒れ、命を落とすことで、悲劇へと変わってしまう。

 しかし、ここから物語は急展開を見せる。死んだはずの陽毬は、霊安室のベッドで「生存戦略ー!」と叫びながら起き上がり、奇跡の生還を果たすことになるのだ。彼女は、水族館のお土産のペンギン型の帽を被ると、なぜか生存し続けられるという体質になっただけでなく、ことあるごとにドレスアップした姿に変貌し、「プリンセス・オブ・ザ・クリスタル(プリクリ)」という高飛車な人格に入れ替わって、冠葉と晶馬に“イマジン(想像)”の世界を垣間見せるようになる。

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