『べらぼう』小芝風花の切なすぎる「ありがとうござりんす」 花の井と蔦重のすれ違う思い

『べらぼう』花の井と蔦重のすれ違う思い

 売れる細見を作れば、客が吉原に戻って来る。そうすれば、遊女たちが客を選べる……なんていうのは、蔦重(横浜流星)が思い描く理想でしかなかった。客の数が増えれば、それだけおかしな客も増えてくる。遊女が客を選ぶどころか、掛け持ちさせてでも多くの客を取らされる。それが、忘八の仕切る吉原という場所だった。

 NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第8回は盛り上がりを見せる吉原を前に、理想と現実の間で戸惑う蔦重の姿が描かれた。この盛況ぶりは蔦重の作ったコンパクトで情報量の多い新しい細見だけで成し遂げられたものではない。何よりも客の興味を引いたのは、伝説の名跡「瀬川」を受け継いだ花の井(小芝風花)だったと痛感するのだった。

 次々と客を取らざるを得ない花の井あらため5代目・瀬川。当然ながら瀬川の周囲にも大きなお金が動く。その勢いは、平賀源内(安田顕)が田沼意次(渡辺謙)に「日光社参の道中も、瀬川の道中のように見世物にすれば金になるのでは」と提案するほど。

 気丈に振る舞う瀬川だが、その身はボロボロ。そんな瀬川が心の支えにしていたのは、他ならぬ蔦重への想いというからなんとも切ない。蔦重は「(間夫なんて)いなさそう」と全く気づいていない様子だったけれど、とっくの昔から瀬川の心のなかには蔦重がいたのだ。

 遊女の瀬川が自由の身になるには、大金を払ってもらって身請けされる道しかない。しかし、今の蔦重にそんな財力はない。瀬川にとっては、もしかしたら蔦重が本屋として成功することに、叶わぬ夢を見ていたのではないだろうか。

 疲れた身体を柱に預けながら眺めた赤本は、幼いころに蔦重からもらった『塩売文太物語』だ。『塩売文太物語』とは、親に勘当された貧しい文太が塩焼きの仕事をはじめ、持ち前の勤勉さで長者となる立身出世の物語。まるで、親に捨てられた蔦重が、江戸の出版王に駆け上っていく姿と重なるようだ。

 蔦重が文太のような大富豪となれば、その富をもって自分を身請けしてくれるかもしれない。そんな儚い願いを秘めながら、今の苦しい局面を乗り越えようとしているのではないかと考えると、瀬川の一途な想いに胸が詰まる。

 思い出の赤本が瀬川の「恋心」の象徴だとすれば、蔦重が瀬川に贈った『女重宝記』は「鈍感さ」の表れだった。『女重宝記』とは当時の女性が嫁入りした先で必要とされていた知識や教養をまとめたもの。瀬川にとっては、蔦重から「自分ではない誰かと一緒になって幸せになってくれ」と言われているように感じたことだろう。

 そんな折、瀬川のもとに鳥山検校(市原隼人)がやって来る。目の見えない鳥山は幕府から認められた高利貸しとして巨万の富を築いていた。初会の花魁は座っているだけ。そんな瀬川を気遣って、退屈しないようにと本を贈る。目が見えないから気を使わずに読んでくれて構わない、という言葉を添えて。

 鳥山の配慮に、瀬川も読み聞かせをすると声を掛ける。すると、「それは吉原のルールに反するのでは」と、ここでも律儀な姿勢を見せる鳥山。史実によると、鳥山は後にその財力を持って5代目・瀬川を身請けする。いわば、瀬川と蔦重との間に立ちはだかる、大きな壁といえる存在だ。恋に関してはまだまだ少年のような蔦重とは異なり、その言動は知的かつ紳士的で、むしろ好ましくすら感じられるのが複雑だ。

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