恋愛をしないドラマの正解があってもいい 制作統括・演出が『恋せぬふたり』にかけた思い

CP&CDが『恋せぬふたり』にかけた思い

自分をどう受け入れていくのか、そのプロセスとしても見てもらえたら

――先ほど視聴者の方からの反響でもありましたが、高橋一生さん演じる羽さんのセリフが毎回印象的です。どのように作られているのでしょうか?

押田:取材した方からもらった言葉をもとに、脚本家の吉田恵里香さんがうまくアレンジして伝えてくれています。吉田さんは、ずっとラブコメを多く手がけられてきて、2020年には『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京※通称『チェリまほ』)のヒットでも知られている方ですが、打ち合わせでも「ラブコメはとても好きだけどどこかで傷つく人がいるかもしれないという意識を常に持っている」ということをおっしゃっていたんです。アロマンティックやアセクシュアルの方を知ることで、通常のラブコメではキュンとするセリフだったのが、ちょっと違うように見える……というように、今回は頭のなかのスイッチを切り替えて書いてくださっているのだと思います。あとは、撮影現場で高橋一生さんをはじめとしたキャストのみなさん、考証の方たちとも話して、その場でセリフを調整しながら進めていった場面もありますね。

――例えば、どのセリフが現場で生まれたのか教えていただけますか?

押田:第2回で羽さんが言った「なんでこういうときって、こういう人間もいる、こういうこともある、って話終わらないんですかね?」というセリフも、そのひとつですね。方向そのものは吉田さんが書いていたことと一緒なんですけど、口から出る言葉として「こう言えばもっと自然なんじゃないか」という案が高橋一生さんから出て。

――なるほど。あのシーンは、私もグッと刺さりました。それこそセクシュアリティだけではなく様々な面でマイノリティにある人たちの代弁者となっていたように思います。とはいえ、このドラマではマジョリティ対マイノリティという対立構造になってないところも、すごくいいなと。特にカズくんの存在感は大きいですよね。

押田:そうですね。前半ではもしかしたら敵のように見えていた瞬間があったかもしれませんが、僕たちの狙いとしてはカズくん自身もある意味で「マチズモ(男性優位主義)」にとらわれている人として描こうというところがあって。時代の中で、なんとなくそういう思想が刷り込まれて、それ以外のものをただ知らないだけなんですよね。でも羽さんと話して徐々に変わっていく。もちろん考えを全部変える必要はないんですけど、ちょっとした変化が起きるのを見せていくのが、このドラマにとってはすごく大事なことだと思っていて。正直、“咲子さんと羽さんみたいな人がいますよ“と2人の共同生活だけのドラマもアリなんですけど、カズくんみたいなキャラクターが登場することで世界が分断されて終わらないというか、お互いについて知ることをあきらめないってところを描いていきたかったんです。ちなみにカズくん役の濱正悟さんはまったくもってああいうキャラではなく頑張って演じてくれているというのは、お伝えしておきたいなと(笑)。

尾崎:私は、羽さんもカズくんも吉田さんの作家性が強く出たキャラクターだと思っているんです。羽さんには理想のパートナー像というか、「こういうことを言ってくれる人がいたらいいな」というものがセリフに詰まっていて。一方、カズくんについては楽しくてコメディテイストもありつつ、すごくいろんなことに気づいて変わっていく存在で。Twitterではツッコまれてばっかりで、トレンドにも入っていましたけど、やっぱり憎めない存在ですしね(笑)。2人ともこのドラマを象徴しているなと感じています。

――そんな羽さんとカズくんに対して、岸井ゆきのさん演じる咲子さんのキャラクターはいかがでしょうか?

押田:咲子さんと羽さんは同じアロマンティックやアセクシュアルの当事者としては描かれていますが、恋愛については「わからない」(咲子)と「嫌悪」(羽)という方向性での違いがあるのは、あえて作った設定です。アロマンティック・アセクシュアルのなかにも、いろいろな方がいることを描かないといけないなということで考証の方とお話して決めました。咲子さんが「わからない」と揺らいでいるように見えるところは「アロマンティックやアセクシュアルの人はこうなんです!」と断定したくない狙いもありました。取材した人のなかでも「もしかしたら私も?」とネットなどで言葉を知って初めて意識したという方もたくさんいらっしゃったので。セクシュアリティをどのように受け入れていくのか、そのプロセスとしても、このドラマを見てもらえたらとも思っています。

「自分の幸せは自分で決める」というのが、1つのテーマ

――キャストのみなさんとは、オファーからどのようなお話をされていたのでしょうか?

押田:岸井ゆきのさんも高橋一生さんも、やはりこの役を演じるにあたって「(当事者を含んだ)考証の方たちにぜひお会いしたい」とおっしゃって。実際に会ってお話する機会を何回か設けさせていただきました。そのなかでアロマンティックやアセクシュアルに関するアンケートの項目をヒントに各々のセクシュアリティと経験を説明したものをお渡ししたんですね。咲子さん、羽さんなら、こういう設定のキャラクターです、と。そうすることで、台本を読んでもらう前に感覚的なところを探っていただけるのではないかと考えて。

尾崎:ドラマでは2ページくらいでしたが、おふたりにお渡ししたアンケートはもっと量のあるものでした。考証の方たちと吉田さんを含めて、「咲子さんと羽さんだったらこう答えるだろう」というやりとりを何度もしながら作ったものです。咲子さんと羽さんがお互いを知ったように、撮影に入る前にそのアンケートに目を通してもらって、役を掴んでいただけたらと思いました。

――個人的にあのアンケートという形は、すごくやさしくて丁寧だなと思いました。セクシュアリティに関係なく誰もが「話し合いが大事」というのは知っていますが、何からどう話し合ったらいいのかわからない人も少なくないように感じていて。アンケートでお互いの違いを冷静に知るというのは、どこから出たアイデアなんでしょうか?

尾崎:アロマンティックやアセクシュアルの当事者の方が、ネットなどで交流する際の自己紹介として役立てているとお聞きしたので、吉田さんと台本を作っていく中でふたりがお互いのことを知るためにもいいのではないか、と取り入れました。

――「普通でしょ?」という雑な押し付けをしていないかを省みて、どこまで相手の中に踏み込んでいいのか慎重に人と向き合っているか。そんなことを考えさせられるものが、このアンケートにはありますね。

押田:カズくんも「アンケートなんて」と言っていますし、おそらく実際にこの紙を出されたら「どういうこと?」と戸惑う人のほうが多いと思います。でも、理解し合う方法はいろいろあっていいんじゃないかと。このアンケートも、最初からそれを使うっていうのが目的ではなく、考証の方たちや吉田さんとお話しながら「この方法がふたりには合うかもしれない」と用いられたものでした。

――放送前、キービジュアルと共に発表された尾崎さんのコメントに「“この社会を生きる全ての人がきっと笑顔になれる”ドラマにしたい」という言葉がありました。実際に、このドラマを描いてみていかがですか?

尾崎:コメントにはそう書きましたが、それがどれだけ難しいことか……と、実感していますね。当事者の方を傷つけたくないと思って作っているけど、「傷ついた」という方もいらっしゃる。そこらへんは自問自答をしながら、みんなで作っているドラマです。みんなが納得して◯になるって、理想なんですけどひとつのドラマで達成できるものではないというか。でも、きっかけになることはできるのかなとも思っています。アロマンティック・アセクシュアルの方たちがいるということを知ることで、当事者じゃない方が何かに気づいたり人との関わり方が変わったり、当事者の方たちが勇気みたいなものを持つきっかけになったら、と。いろいろなことが少しでもポジティブに、このドラマで変わって笑顔に繋がっていったらうれしいですね。

押田:今回のドラマでは「自分の幸せは自分で決める」というのが、1つのテーマなんですね。咲子さんも周りに言われて「恋愛しなきゃ」と思い込んでいましたし、「なんでできないんだろう」と沈んでいました。羽さんも達観しているようで実は縛られている人。それは、これからまた描かれていくところなんです。カズくんも先ほどお伝えしたように「そういうものでしょ?」という思い込みみたいなところで生きている。みんなどこかで、まだまだ他人に幸せを決められている人たちなんです。でも、本当は自分の幸せって自分で決めていってもいいじゃんって。セクシュアリティのことだから言いたくなければ言わなくてもいいし、「自分はこういうセクシュアリティなのでこうしたい」と正面から言ってもいい。アロマンティック・アセクシュアルを知るというのはあくまでもきっかけであって、誰もが自分の感情に嘘をつかずに正面から自分の幸せにまっすぐ向き合う勇気みたいなものを感じ取ってもらえたらと思っています。

――そうですね。いろいろな考えがあって、幸せにもいろいろな形があって、それを掴む方法もまた人それぞれで。

押田:だから決して従来のラブコメを否定したいわけじゃないんです。恋愛を通じて幸せを掴んでいくことも正解だと思うし、そういうドラマを楽しむ人もいていい。でも、そういう価値観だけを押し付けるようなドラマばかりでは傷つく人もいるのを知った。だったら「こういうドラマだって正解なのでは?」と思い提案させていただいた感じです。ラブコメディも、ラブではないコメディも、どちらもあっていいと思うんです。ただ、尾崎さんも言ってましたが、このドラマだって完璧じゃなくて。ちょっと言い訳っぽくなって申し訳ないですが、これからもっといろいろなセクシュアリティや価値観を持つ人物が描かれていったらいいなという願いを込めて、その最初の一歩として観てもらえたらなと(笑)。

尾崎:なので、このドラマだけを観て「アロマンティック・アセクシュアルはこういう人なんだ」という誤解もしてほしくないと思っています。考証のみなさんとも、ドラマにすることで咲子さんや羽さんのキャラクターが、アロマンティック・アセクシュアルの代表にはならないようにと相談して作ってきました。知ってほしいけれど、ステレオタイプが作られないようにしたいと。いろんなパターン、いろんな人がいる。そう思えるきっかけになったらと思います。

――ありがとうございます。後半がますます楽しみになりました。

押田:どうしても前半は羽さんが咲子さんに、教えていくみたいな構図になってしまったところもあって、“羽さんは何でもできて何でもわかっている人“みたいな見え方になってしまったかと思います。でもカズくんと出会ったこともそうですし、後半はもっと羽さんも咲子さんを通じていろんなことに気づいて、変わっていくターンにもなっていきますので。そこを楽しんで観ていただけたらと思います。第5回は特に大事なお話になりますので、みなさん、ぜひお見逃しなく!

参照

・制作日誌(6)
https://www.nhk.jp/p/ts/VWNP71QQPV/blog/bl/pe6M8agVJ5/bp/pzA6nOv6qE/
・アンケートの全文
https://www.nhk.jp/p/ts/VWNP71QQPV/blog/bl/pe6M8agVJ5/bp/p1bRgNELL1/
・尾崎裕和(制作統括)コメント
https://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/20000/458822.html

■放送情報
よるドラ『恋せぬふたり』(全8回)
第1話~第4話、NHK+にて配信中
第5話:2月21日(月)22:45〜23:15
第6話:2月28日(月)22:45~23:15
第7話:3月14日(月)22:45~23:15
第8話:3月21日(月)22:45~23:15

出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香那、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥平
写真提供=NHK

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