『カムカムエヴリバディ』るいと錠一郎の“音” 安子編とも重なる無音演出がもたらす効果
よく、知った匂いを嗅ぐと、その匂いの持ち主のことを思い出すという。それは「音」も同じだ。あの時聴いたあの曲、誰かとの思い出の曲がラジオから流れた時、ふとその人に思いを馳せる。そしてなぜ、その曲が自分にとって、そしてその人にとって大切だったかという理由も。
『カムカムエヴリバディ』第59話では、まさにラジオから不意に流れてきた「On The Sunny Side Of the Street」がるい(深津絵里)と錠一郎(オダギリジョー)の気持ちを動かした。ビートルズが世界的に大ブレイク中なのにもかかわらず、たまたまラジオパーソナリティが好きな曲をかけた。運命とは、そういう誰かの「たまたま」で大きく動くこともあるものだ。
今週は特にこの「音」の演出が巧みであり、安子編を想起させる。第58話、錠一郎に突然「奈々が好きになった」と言われ、何も言えずに走ってクリーニング店に帰ってきたるい。そのまま部屋にあがり、戸を閉めると、錠一郎との過去を思い起こしていた。しかし、そのフラッシュバックは“無音”で流れる。テレビの故障かと一瞬焦るその演出は、彼の言葉が“聞こえなくなってしまった”るいの心境を表しているようだ。
一方、同じように想い出がフラッシュバックしていた錠一郎の心も“無音”だった。彼の場合、トランペットを吹けなくなったという「音を失ってしまった状態」をも意味している。彼はもう、自分がどんなふうに音を出していたのかもわからなくなり、他からの音も聞こえなくなっている。いや、むしろ“音”が怖いのかもしれない。まるで心を閉め切ってしまったかのように、周囲の声が聞こえないよう宿にひっそり身を隠すも、トミー(早乙女太一)に見つかり、彼に胸ぐらを掴まれながら言われた言葉にひどく怯えていた。
無音の演出は、これが初めてではない。安子編で、安子(上白石萌音)が稔(松村北斗)の訃報を受け、走り出した時にも突然無音になった。まるで彼女の世界から“音”が消えたかのように。静寂な中で流れるのは「稔さん」という、もう会えなくなってしまった彼を呼ぶ安子の心の叫びだった。それを思い起こさせるのが、竹村平助(村田雄浩)からジャズ喫茶で知った錠一郎の真相を聞いたるいが、川沿いを走るシーン。途方に暮れた表情で失った人に向かって走る安子と同じ無音演出でありながら、るいは毅然とした表情で“失いたくない人”に向かって走る。