アニメ『プラネテス』は一生の財産にもなりうる作品だ Eテレでの再放送開始に寄せて

 テレビアニメ『プラネテス』がNHK Eテレにて1月9日より、毎週日曜19時から再放送される。今でもアニメファンから絶賛の声が寄せられ、名作と呼び声高い作品が全国に再放送されることは、本放送時から毎週楽しみにしていたファンである筆者としてもとても喜ばしい。今回は『プラネテス』が高く評価される理由について簡単に紹介していきたい。

 『プラネテス』は、幸村誠による1999年から2004年にかけて連載された全4巻の同名の漫画作品が原作。2003年にテレビアニメとしてが放送された。監督は『スクライド』や、今作の後に『コードギアス 反逆のルルーシュ』や、また2022年には『ONE PIECE FILM RED』の監督を務めることも発表されている谷口悟朗が務めている。制作スタジオはガンダムなどのロボットアクションの印象も強いサンライズが務めており、ロボットバトルのない作品の制作を担当したことも話題を集めた。

 物語は西暦2070年代、宇宙で発生したスペースデブリと呼ばれる宇宙のゴミが、人が乗った宇宙船などに衝突する事故が社会問題となっていた世界が舞台。そのスペースデブリを片付ける仕事を続けているサラリーマン、星野八郎太(通称ハチマキ、あるいはハチ)と、ヒロインで新入社員の田名部愛(通称タナベ)を中心とした群像劇だ。宇宙を舞台としたSFながらも、リアルなサラリーマン社会や会社のしがらみなどを描いたことも、高く評価されている。

 本作を語る際に、漫画原作と大きく変更されている点を指摘したい。テレビアニメ版はタナベが就職したテクノーラ社に入社してくるところから話が始まる。一方で漫画でもハチマキが主人公なのは変わらないが、ヒロインであるタナベが入社してくるのは2巻のことである。キャラクター像も変更されており、漫画版ではどこか達観した視点をもつタナベだが、アニメ版では「愛です!」という決め台詞を放つ、夢と希望に満ちた等身大の新入社員として描かれている。

 漫画版では宇宙やスペースデブリの回収作業を中心としながらも、哲学的な面が強調されていた。特にハチマキが抱える宇宙船を持ちたいという夢に燃える姿と、その挫折を描いた際には、宇宙という広大な空間と人間の心理というミクロな世界を対比させるなど、解釈が多様で難解とも言える描写が多く続いた。一方でアニメ版はそういった描写を引き継ぎながらも、さらに会社の論理に縛られ続けるお仕事物としての一面や、宇宙を取り巻く多くの思想やテロリズム、宇宙開発における格差社会や後進国の苦しみなどの社会を描くことを重視した。

 多くの場合、こういった改変がなされた際には原作ファンから不満の声がありそうなものであるが、今作はそういった声は全くといっていいほどない。それどころか原作ファンからも、全く異なる魅力を持つアニメ版もまた、1つの『プラネテス』であるという声も多く聞かれる。それほどまでに完成度が高く、一部のアニメファンからは「『プラネテス』を抜きにして宇宙を舞台にしたSFアニメは語れない」と熱く語られるほどだ。

 本作がそこまで高く評価される理由は、第1話からして、すでに完成されている物語にもあるだろう。宇宙開発という身近なSFを舞台に、会社や群像劇であるために多数の人々を紹介しなければいけないのだが、第1話ではタナベを新入社員とするという工夫を見せている。先輩社員や同期の社員が何も知らないタナベに教えてくれることは、同時に視聴者に対する説明にもなっているのだ。

 また2003年の作品ながら、深い社会構成や人種的な多様性にも配慮されていることを指摘したい。主人公の星野八郎太、田名部愛などは名前からわかるように日本人だが、上司にあたるフィー・カーマイケルはアメリカ出身のラテン系か黒人の女性であり、同僚のユーリ・ミハイロコフはロシア人の白人男性だ。他のキャラクターも人種・性別と多岐にわたっているだけでなく、これらの登場人物が先進国出身であるということも、1つの伏線となっている。



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