濱口竜介監督作品の鍵は“テキスト的な人間”? 短編集『偶然と想像』を制作した意図を聞く

濱口監督作品の鍵は“テキスト的な人間”?

 日本という枠を越えて、世界にもその名を響かせ始めた濱口竜介監督。2021年は西島秀俊主演『ドライブ・マイ・カー』 がカンヌ映画祭で脚本賞を含む4冠を受賞したほか、世界各国の映画祭で高く評価されている。さらに、第79回ゴールデングローブ賞非英語映画賞にもノミネートされ、アメリカでも批評家から絶賛の声が相次ぐなど、『ドライブ・マイ・カー』旋風が巻き起こっている。そんな濱口監督の最新作が、12月17日より公開された『偶然と想像』だ。

 『偶然と想像』は3つの短編集からなるオムニバス映画。第1話『魔法(よりもっと不確か)』に古川琴音、中島歩、玄里。第2話『扉は開けたままで』に渋川清彦、森郁月、甲斐翔真。第3話『もう一度』に占部房子、河井青葉。役者陣は“そういう人”としか思えない、見事なはまり役となっている。

 「驚きと戸惑いの映画体験」と言うに相応しい、これまでの集大成とも言える一作を濱口監督はどう構築したのか。インタビューを通して、濱口監督の並々ならぬ“言葉”への関心が浮かび上がってきた。(編集部)

「短編集」という新たなチャレンジ

第1話『魔法(よりもっと不確か)』

――40分前後の短編×3本というアイデアは、どこから生まれたのでしょう。それは、監督の個人的な制作上の理由だったのか、あるいは日本映画をめぐる状況的な理由だったのか。

濱口:その両方と言えば、その両方の理由なんだと思います。以前、『寝ても覚めても』(2018年)という映画を作ったときに――実際に撮影をしたのは2017年でしたけれど、そこでいわゆる「商業映画」というものを初めて撮って。いろいろ幸運に恵まれたなあということはありつつ、根本的に「やっぱり時間が少ないよね」ということを思ったんですね。それでも『寝ても覚めても』は、撮影期間が丸々1カ月あったので、それは本当に日本映画、特に商業映画のデビュー作としては、とても贅沢な時間の使い方ではあったんですけど、その前に作った『ハッピーアワー』(2015年)は、全体としては2年ぐらい掛かっているし、週末だけの撮影だったとはいえ、撮影自体も8カ月ぐらい掛かけてやっていたりするので。それと比べると、やはり短いなと。

――なるほど。

濱口:で、時間が短いと何が問題かというと、単純に失敗したらリカバーできないところなんですよね。そもそも脚本があって、それをもとに演技をして、撮影するわけなんですけど、それってある意味、ぶっつけ本番なわけです。基本的に、日本の映画の撮影現場というのは、そうなっているのではないかと思います。でもやっぱり、撮影現場で「うーん、これはどうしようかな?」みたいなことが起きるわけです。そうなったときに、必ずしも取り返せないことがあるというのは思ったので、日本のこの商業映画のサイクルで作るというのは、本当に運が良くないと、いいものを作り続けられないなと。そもそも、自分の映画作りの方法論は、単純にミスをしたら直すというか、現場で何か違うなと思ったものを、その都度修正していくという――それに尽きるんですけど、それをやるにはやっぱり時間が掛かるというのがあって。

――単純に、出演者たちをはじめ、スタッフの拘束期間も長くなるわけで……。

濱口:なので、そういう問題を解決はできないまでも、何か別のやり方を模索する「実験場」みたいなものが必要だなというのは思っていて。であれば、インディペンデント的な作り方に戻るというか、そういう場としてやっていくのがよかろうと。ただ、そこで長編を作るというのも、ちょっと違うなっていう気がしていた時期だったので、この「短編集」というやり方は、すごく良いのではないかと思って。ひとつのテーマのもとに、いくつかの短編を作って、それを長編と同じようなサイズで提示するという。それは自分も今までやったことがなかったので、それ自体が新しいチャンレンジになると思ったし、それならばひとつやってみようかと。

――今回は3本ですが、全体としては合計7本の脚本を用意したと聞いています。そこにはやはり、『木と市長と文化会館/または七つの偶然』(1993年)をはじめ、連作短編でひとつの映画とする、あるいは「六つの教訓話」や「四季の物語」のように、ひとつのテーマのもとに作品を撮っていったことでも知られるフランスの映画監督、エリック・ロメールの影響もあったのでしょうか?

濱口:そうですね。ロメールの映画というのは、まずはすごく大きくありました。そもそも「偶然」というテーマを引き継いでいるし……というか、ロメールの映画の編集を担当していたマリー・ステファンさんという方に会って、お話を聞く機会があって。そこで、ロメールにとっても短編というのは、すごく大事なものだったという話をうかがったり、小さなチームでやることの意味――それはある種の親密さとか、家族的な雰囲気で映画を作る喜びもあるけど、それ以上に単純に経済的だし実践的なんだという話をマリー・ステファンさんがされていて。それはまったく、その通りだなと思うところがあったというか、小さいチームで作ることの意味っていうものにフォーカスしていけば、それは全然不利にはならないというのは、自分の経験上、理解できたので。であれば、自分もそういうことをやってみようかと。あと、日本でもその先行例として、『偶然と想像』の撮影監督でもある飯岡幸子さんが参加された『ひかりの歌』(2019年/杉田協士監督:「光」をテーマとした4つの短歌を原作とした4章からなる長編映画)という映画を観て……「ああ、こういうこともできるな」と思ったというのもあります。

――先ほど「ロメールから引き継いだ」という話がありましたが、表題にもなっているこの「偶然と想像」というテーマは、かなり最初の段階からあったのですか?

濱口:そうですね。「偶然」というテーマでやろうというのは、最初から思っていました。それで今回の3つの話というか、もともとあった話のタネみたいなものを膨らませるような形で3つ脚本を書いていったんですけど、だんだん「これは“偶然”だけじゃないな」みたいな感じになって。で、それに相応しい言葉を探したら、「これは“想像”っていうことだな」という気がして。それで『偶然と想像』というタイトルになりました。

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