“売れない表現者”のシビアな問題を描く 『tick, tick… BOOM!』にみる“真のアーティスト”の姿

『チック、チック…ブーン!』のメッセージ

 アメリカの映画界で、いま最もホットな存在といえば、主に舞台人として、劇作や作曲、出演者として活躍してきたリン=マニュエル・ミランダだ。彼が手がけた、ブロードウェイ・ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(2021年)が映画化されて話題なったのはもちろん、『ビーボ』(2021年)、『ミラベルと魔法だらけの家』(2021年)の作曲と脚本を務め、実写版『リトル・マーメイド』(2023年公開予定)の音楽を担当するなど、近年話題のミュージカル作品において、立て続けに活躍を見せているのだ。

 そんなリン=マニュエル・ミランダが撮った長編監督デビュー作が、本作『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』である。これは、ブロードウェイで大ヒットしたミュージカル『レント』を作り上げ急逝したジョナサン・ラーソンが、『レント』以前に発表していた自伝的な舞台作品。そんな題材を、同じ舞台人であるミランダが、初めて主導する映画に選んだのだ。

 タイトル「チック、チック…ブーン!」とは、時限爆弾が破裂するまでの音を意味している。それはまた、ジョナサン・ラーソンが無名時代にワークショップで苦心惨憺しながら、演劇人としていつまで経っても出ない状況への、当時の“焦燥感”を示してもいる。

 SFミュージカル『Superbia』の上演実現を目指し、ワークショップに労力を注ぎながらウェイターのアルバイトの稼ぎで高い家賃の支払いをする生活。ニューヨークの文化の発信地ソーホーに暮らしながら、30歳を迎えるのに世に知られず、誇れるような実績もあまりない。一緒に演劇の道を志した仲間たちは、いつしか就職していき、恋人にも見切りをつけられようとしている……。そんな断崖絶壁に置かれるような状況のなか、ラーソンは演劇関係者へのミュージカル発表の日まで、演出と作曲、宣伝活動を続けていく。

 ある日、広告代理店に就職した親友のマイケルに誘われ、マーケティング調査に協力したラーソン。柔らかな発想で次々にアイデアを出し続け、会議室で称賛を浴びると、彼はそのことに驚きを感じ始める。報酬がもらえるだけでなく、一つひとつの成果に対して一定の評価や敬意が与えられるのである。それは考えてみれば当たり前のことではあるが、厳しい接客業や、労力が無に帰すような不遇な毎日に慣れきっていたラーソンは、社会のなかで人間扱いをされることに感動を覚えざるをなかったのだ。

 劇作や作曲を続けながら忙しい客商売をこなし、困窮した生活を送ってきたラーソンだが、成果が出ていない以上、彼の努力を認める人はほとんどいない。しかし、いったんそれなりの企業に就職できれば、ニューヨークで人並みの豊かな生活が送れ、恋人ともうまくいくはずなのだ。なのになぜ自分は貴重な時間を費やし、身体をすり減らしてまで、砂を噛むような毎日を送っているのだろうか……。

 表現のプロになることを夢見て、その才能を認められない日々が続いている人だったり、その夢を諦めて次のステップを歩んでいる人であれば、この境遇に落ち込んでしまったラーソンの気持ちが痛いほど理解できるだろう。“売れない表現者”にとって、すでに望みの薄くなっている夢を追うか、今からでも安定収入を得られる職を選ぶかという選択は、非常に辛くシビアな問題だ。“時限爆弾”とは、表現者が破滅への道から、まだ引き返せるリミットへのカウントダウンでもあるのである。

 そんなカウントダウンを意識しながら、次の作品に自分の全てをかけ、ラーソンは真剣勝負を挑む。それにしても、ショービズ界での成功まで、いったいどれだけの才能と労力を注ぎ込まねばならないのか。時間のない彼は、友人や恋人からの相談をまともに聞くこともできず、最低限の生活費の確保と舞台の金策、そして作曲、演出に力を注ぐことで、成功までの時間を可能な限り縮めようと奮闘する。この苦行のような毎日が、ラーソン自身の曲などともに、スピーディーに回想されていく。

 そのなかでも、ラーソンの全てを投入するミュージカル『Superbia』に使われたという、前衛的で弾むようなコーラス曲「Sextet」は、彼の表現したい舞台のスケールと高揚を感じさせる素晴らしい内容だ。本作のサウンドトラックには含まれなかったが、この曲を映画のなかで紹介しただけでも、本作は価値があるだろう。



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